日記のしおり

羅針盤
01 /01 2018
2016年も『フィレンツェガイド日記』をご愛読いただきありがとうございました。続いて2017年もフィレンツェを中心としたイタリアの記事をエントリーして参ります。皆様がイタリアに興味を持っていただける機会となりましたら幸いです。今年も宜しくお願い申し上げます。
natale2016-9
ガイド・通訳の依頼はこちらから
フィレンツェ・ピサ公認ガイドが貴方の旅行をサポートします

日記の目次はこちらから
羅針盤2

新着記事は、このひとつ下の日記をご覧ください。
スポンサーサイト

タッデオ・ガッディの化粧板

サンマルコ地区
01 /21 2017
フィレンツェのアカデミア美術館はミケランジェロの彫刻で有名ですが、絵画作品も数多く展示されています。ゴシックからマニエリズムまで、アカデミア美術館の絵画作品を紹介していきます。

今日はジョット派の部屋にあるタッデオ・ガッディの作品。タッデオは長い間、ジョットの弟子として活動していた芸術家です。
taddeo
化粧板はサンタ・クローチェ教会の聖具室の家具を装飾していました。テンペラ画板絵で28枚のシリーズでした。
製作年代は1335〜1340年ごろ。うち13枚はイエスの物語、そして聖フランチェスコの物語も13枚。ルネッタは二つの場面に分かれていて、受胎告知と昇天になります。

1810年にナポレオンによって修道院が廃止された時に、これらの作品はサン・マルコの倉庫に移動されます。さらにアカデミア美術館に移された時には、化粧板はバラバラになっていました。

うち4枚は古物商の市に流れてしまい、現在はドイツにあります。

長い間、ジョットの作品と考えられてきましたが、ジョットの工房作品だという推定が有力となりタッデオの名前が挙がったのです。

時代としてはタッデオがサンタ・クローチェ教会のバロンチェッリ礼拝堂を装飾した時代に近いと考えられます。また彼がサン・ミニアート・アル・モンテ教会のタベルナーコロのために描いたフレスコ画(1334年)の作品にも相似点があります。これらから製作時期が推定されています。

ジョットに似た豊かな物語性に満ちた作品で、イエスとフランチェスコの一生が綴られています。

参照 Galleria dell'Accademia, Giunti, Firenze 1999. ISBN 8809048806

看護人の生活

サンマルコ地区
01 /20 2017
フィレンツェのアカデミア美術館はミケランジェロの彫刻で有名ですが、絵画作品も数多く展示されています。ゴシックからマニエリズムまで、アカデミア美術館の絵画作品を紹介する第3弾。

「L'Episodio di vita ospedaliera 看護人の生活のエピソード」
 ポントルモ作 1514年 フレスコ画
聖ウミルタ
サン・マッテオ病院の壁にモノクロームで描かれた作品です。
病院は18世紀に廃止されアカデミア美術館の一部となりました。フレスコ画は壁から剥がされ、元あった部屋に展示されています。
元あった場所とは、現在のアカデミア美術館内のジプソテーカ(石膏室)です。

以前はアンドレア・デル・サルトの作品と考えられていましたが、現在はポントルモの若い時代の作品とされています。

女性用の病院の内部の様子を紹介していますが、サンタ・ウミルタという13世紀のヴァッロンブローザ修道院の修道女の生活を表しているという意見もあります。
画面を良く見ると頭の上に光の輪が描かれた人物が何回か登場しているので、なるほど聖女の物語であるということがわかります。左手で病人の足を洗っている聖女がいて、このシーンから聖ウミルタ(ウミルタとは「謙遜」の意味)ではないかと考えられます。

何れにしても場面はアンドレア・デル・サルト作「マリアの誕生」(サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会)をモデルにしてます。床に置かれた洗面器や脱げたサンダルなど、幾つかの共通点があります。
マリアの誕生

参照 Elisabetta Marchetti Letta, Pontormo, Rosso Fiorentino, Scala, Firenze 1994. ISBN 88-8117-028-0

フラ・バルトロメオの預言者たち

サンマルコ地区
01 /19 2017
フィレンツェのアカデミア美術館はミケランジェロの彫刻で有名ですが、絵画作品も数多く展示されています。ゴシックからマニエリズムまで、アカデミア美術館の絵画作品を紹介していきます。
今日はドメニコ修道会の画僧フラ・バルトロメオが描いた2枚の預言者の像です。

「イザヤ」1514〜1516年 フラ・バルトロメオ 油彩板絵 
イザヤ
もう一枚の「ヨブ」と対になっています。サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会のオルガンの下に設置されていた「世界の救世主と4人の福音書記者の祭壇画」の横の仕切りのために描かれた作品でした。
画家がローマからフィレンツェに戻ってきてすぐに製作したもので、ローマで見たシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの作品と、ラファエッロの作品から影響を受けています。
イザヤはまるで大理石の彫像のような壮大さで、中央にあったはずの救世主を指差しています。

「ヨブ」1514〜1516年 フラ・バルトロメオ 油彩板絵 
ヨブ
カルロ・ディ・メディチが作品を購入し、サン・マルコのカジノに置いていましたが、フェルディナンド皇子が中央部分を個人的なコレクションとしてピッティ宮殿に持っていきます(今もパラテイーナ美術館にあります)
預言者の2枚はウッフィツィを経て、アカデミアに移されました。
輝くような光に満ちた色彩、ダイナミックな曲線に巨匠たちの影響がはっきり汲み取れます。

参照 Galleria dell'Accademia, Giunti, Firenze 1999. ISBN 8809048806

フィリッピーノの苦行者たち

サンマルコ地区
01 /18 2017
フィレンツェのアカデミア美術館はミケランジェロの彫刻で有名ですが、絵画作品も数多く展示されています。ゴシックからマニエリズムまで、アカデミア美術館の絵画作品を紹介していきます。

今日はボッティチェリの弟子であり、画僧フィリッポ・リッピの息子であるフィリッピーノ・リッピの作品を紹介します。

「洗礼者ヨハネ」 1500年ごろ 油彩板絵
洗礼者ヨハネ
おそらく「磔刑」を中心に、この「洗礼者ヨハネ」と「マグダラのマリア」を左右に置き、トリプティク(三幅対祭壇画)を構成していたと考えられます。
ヴァザーリの記述によれば破壊されたサン・ルッフィッロ教会にあったとされます。しかしヴィンチェンツォ・ボルギーニはサン・プローコロ教会のヴァローリ礼拝堂にあったとさらに詳細な記述を残しているので、ヴァザーリが間違えていた可能性があります。

17世紀に3枚の作品はバラバラにされ、中央部分はベルリンにて第二次世界大戦中に破壊されてしまいました。

描かれた時代が1500年ごろであるとするならば、フィリッピーノの最後のフレスコ画(サンタ・マリア・ノヴェッラ教会 ストロッツィ礼拝堂 1502年完成)に近い時期の作品です。フィリッピーノは1504年に亡くなります。47歳でした。

洗礼者ヨハネは壁龕の中にいて、右のほうを見ています。痩せた体、ボロボロの洋服、乱れた頭髪、裸足。身体的、精神的苦しみを表現しているのは、サヴォナローラによって導かれ宗教に回心したスポンサーのリクエストなのでしょう。

「マグダラのマリア」 1500年ごろ 油彩板絵
マグダラのマリア
マグダラのマリアも壁龕の中にいて、左を見ています。洗礼者ヨハネと同じように苦行者のやつれた姿です。
「悔悟」の精神を表現するときにモチーフに選ばれるのがマグダラのマリアでした。

この時代、フィレンツェの美術の中では二つの大きな流れがありました。
精神性を強調したシンプルで荘厳なスタイルと、デズィデーリオ・ダ・セッティニャーノの流れを組む洗練され落ち着いた雰囲気のスタイルです。

サヴォナローラによって華やかなルネサンスに影が差した時代、それを代表する作品の一つがフィリッピーノの2人の苦行者の姿なのです。

参照 Galleria dell'Accademia, Giunti, Firenze 1999. ISBN 8809048806

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。