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羅針盤
01 /01 2019
当ブログでは、フィレンツェ在住の日本人ガイドがフィレンツェを中心としたイタリアの情報を書いています。
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natale2016-9

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羅針盤2

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Museo Novecento(900美術館)

enjoyモダンアート
02 /22 2018
「Museo Novecento」はサンタ・マリア・ノヴェッラ広場に位置する現代美術館です。
20世紀のイタリア人芸術家の作品を中心に、15の部屋に300点ほどが展示されています。2014年6月24日から公開されています。
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1966年のフィレンツェ大洪水により失われた美術の穴を埋めるため、美術評論家カルロ・ルドヴィコ・ラッギアンティが芸術家や美術収集家に現代美術品を寄付することを提案しました。
エミリオ・グレコの絵画作品30点やマリーノ・マリーニの彫刻作品などが集まり、ヴェッキオ宮殿で展示会も行われました。
それから半世紀ほどが過ぎ去り、ようやくこれらの作品を一箇所に展示できる場所が出来ました。これがMuseo Novecentoなのです。
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新しい美術館は13世紀に建設されたたサン・パオロ病院の中です。この病院では主に巡礼者の治療が行われていました。

中庭の様子
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15世紀に同じ広場にあるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会のファサードがアルベルティの手によって完成されると、ブルネレスキの建築にインスピレーションを受けたミケロッツォによって病院のロッジャも建設されます。ブルネレスキ設計の捨て子養育院のロッジャによく似ています。

900美術館から見たサンタ・マリア・ノヴェッラ教会のファサード
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1588年 メディチ家のフェルディナンド1世により、病院は回復期の患者のを収容する場所になりました。

1780年 ロレーヌ家のピエトロ・レオポルド公によって病院は廃止され、貧しい女子に教育を与えるレオポルディーネ学校となります。

第二次世界大戦後はフィレンツェの公立学校の管理部がおかれていましたが、フィレンツェ貯蓄銀行の融資によって改築され、現代美術館となったのです。

Gucci Garden

写真館
02 /21 2018
フィレンツェのシニョーリア広場に位置するメルカンツィア宮殿内のグッチ・ミュージアム。
2017年の夏から改築していましたが、2018年1月に「グッチ・ガーデン」としてリニューアルオープンしました。

2階と3階のミュージアムの入場料は8ユーロ。
学生さんは(大学生であっても)学生証があれば無料で入れるとのことです。
ちなみに日本人の係員がお二人、交代で勤務されているようでした。

お部屋はテーマ別に洋服やバッグ、靴、アクセサリーが展示されています。
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展示物は期間ごとに変わるそうです。

ちょっと変わった展示物を紹介しますね。日本の春画が刺繍されているこちら。
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背中側はもっときわどいので、ミュージアムで探して見てください!

こちらは一瞬「カツラ?」と思ったのですが、なんとサンダル。
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どちらも誰が、一体どんな場面で身につけるのでしょう…?

係員の方が「インスタ映えしますよ!」と教えてくれたのがこの部屋
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エレベータールームとトイレの隠し扉があります。
グッチのデザイナーの方が直に描いたのだとか。

一階はレストラン、ミュージアムショップ、ブティック。
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ステイショナリーも中々のお値段ですが、ここでしか入手できないとなると欲しくなりますよね。
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小物も可愛いです!
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以前のグッチミュージアムに比べると、垢抜けてお洒落になりました。

レストランは要予約です。席が少ないのですぐに予約でいっぱいになってしまうのだとか。
以前はレストランではなくカフェだったので、もうちょっと行きやすかったのですが、ちょっと残念です。

フレスコ画の天界

ドゥオーモ地区
02 /15 2018
フィレンツェのサン・ロレンツォ教会内の旧聖具室(Sagrestia Vecchia)は、ブルネレスキの代表作であり、初期ルネッサンスの重要な建築です。

平面図は正方形で、奥にある空間スカルセッラは主要部分の三分の一の面積を持った正方形です。
スカルセッラとは小さい面積の四角い平面図を持った後陣、あるいは建築主要部の外部にせり出すように建設された四角い空間。スカルセッラの元の意味は「首やベルトに吊るした財布や巾着」です。

旧聖具室のスカルセッラの天井は、天界を描いたクーポラになっています。
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アズライト(藍銅)や金を用いて1442年7月4日にフィレンツェで見ることができた夜空の様子を表現しています。
天文学者のトスカネッリの指示により、ペゼッロという画家が描いたと考えられています。
トスカネッリはフィレンツェのドゥオモ内の時計の発案者でもありますね。

1442年はルネ・ダンジュー(イタリア語名 Renato d'Angiò レナート・ダンジョー)がフィレンツェを訪れた年です。

ルネはフランスの王族で、ナポリ女王ジョヴァンナ2世の遺言でナポリ王位を継ぎました。この正統性を巡ってアラゴン王アルフォンソ5世と争った末に敗北、ナポリ王位を手放して1442年にフランスに戻りました。
フィレンツェに滞在したのはナポリ王位を取り返すため、フィレンツェを味方につけようとの思惑があってのことでした。
ルネは形式的にエルサレム王のタイトルを持っており、新しい十字軍が結成される折には彼が指揮官になると考えられていました。

サン・ロレンツォ教会の旧聖具室

ドゥオーモ地区
02 /14 2018
フィレンツェのサン・ロレンツォ教会内の旧聖具室(Sagrestia Vecchia)は、ブルネレスキの代表作であり、初期ルネッサンスの重要な建築です。
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建築はブルネレスキ(1420〜1428年)彫刻装飾はドナテッロ(1428〜1443年)という、初期ルネッサンスを代表する二人がタッグを組んだ空間。
ブルネレスキが設計した他の建築家によって完成されたり、設計変更が入っていたりしますが、旧聖具室は彼が最後まで手がけた「唯一」の完成品です。
のちにサン・ロレンツォ教会の対照的な位置にミケランジェロ設計の聖具室がもう一つ建設されたため、ブルネレスキの方を「旧聖具室」ミケランジェロの方を「新聖具室」と呼びます。

1418年 パッラ・ストロッツィがサンタ・トリニタ教会内に家族用の礼拝堂建設をギベルティに依頼
1420年 ジョヴァンニ・ディ・ビッチ・デ・メディチがブルネレスキに家族を弔う礼拝堂を依頼(この年にジョヴァンニは息子のコジモにメディチ銀行の経営を任せています)ジョヴァンニは上のストロッツィ家の礼拝堂からインスピレーションを受けて建設を思い立ったとされます。
1421年 ブルネレスキがサン・ロレンツォ教会全体の再建工事を任されます。
1428年 旧聖具室完成
1429年 ジョヴァンニの葬式が旧聖具室で執り行われます。
1433年 部屋中央のテーブルの下にジョヴァンニと妻ピッカルダの墓が設けられます。ドナテッロとブッジャーノ共作。ブッジャーノはブルネレスキの養子です。
旧聖具室3

平面図は正方形で、奥にある空間スカルセッラは主要部分の三分の一の面積を持った正方形です。
スカルセッラとは小さい面積の四角い平面図を持った後陣、あるいは建築主要部の外部にせり出すように建設された四角い空間。スカルセッラの元の意味は「首やベルトに吊るした財布や巾着」のことです。

ドナテッロによる2枚のブロンズ製の扉は、古代の建築要素をルネッサンス時代の建築に取り入れた最初の例の一つで、トライアーノのフォロ(トライヤヌスのフォルム)から影響を受けています。
それぞれの扉は「殉教者の扉 Porta dei Martiri」「使徒の扉 Porta degli Apostoli」となります。

主要部分の直径は20ブラッチャ、屋根は傘型のクーポラで骨によって12の部分に分けられています。
旧聖具室1

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住25年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。