ごあいさつ

羅針盤
01 /01 2018
いつも『フィレンツェガイド日記』をご愛読いただきありがとうございます。
また、ふと『フィレンツェガイド日記』にたどり着いた方、はじめまして。
現地在住の日本人ガイドがフィレンツェを中心としたイタリアの記事を書いております。皆様がイタリアに興味を持っていただける機会となりましたら幸いです。
natale2016-9
イタリアではツーリストガイドは州や県が行うガイド試験に合格しなければなりません。
それぞれの地域の正しい歴史や詳しい知識を、観光客の皆様にお届けするために、ライセンスガイド制度があります。
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羅針盤2

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フィレンツェの近代美術館〜新古典主義へ〜

アルノ河南地区
02 /23 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。日本人のグループではパラティーナ美術館を訪れることがたまにあるぐらいです。パラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介していきたいと思います。

2013年から「パラティーナ・ギャラリー」「モニュメンタル・アパートメント」「近代美術館」の3つがセット料金チケットとなっています。

Sala 1
1748年からピエトロ・レオポルド公が始動させた美術アカデミーの改革によって、フィレンツェには国際的新古典主義を追求する機関が設置されました。
ハプスブルク家が他の町、ウィーンやミラノに設置したものと同等の権威ある施設です。
こうしてトスカーナでは後期バロックを超えて新しい風が芸術界に吹き込まれます。主にサンティ・パチーニやピエトロ・ペドローニの指導による影響が大きく、ポンペオ・バトーニやフランチェスコ・カッラドーリ、ステファノ・リッチなどの芸術家も活躍しました。
トスカーナ大公はガスパレ・ランディの絵画作品や、有名なピエトロ・テネラーニ作「見捨てられたプシュケ」などを購入して、新しい流行を後押しします。美しく理想的な形態を追求する新古典主義の優位は王朝復古期(1915〜1930年)まで続いていくことになります。

「ナポレオンの胸像」アントニオ・カノーヴァ
正面ではなく斜めを向いた胸像です。決断に満ち、視線は鋭く、それでいながら穏やかな表情のナポレオンは英雄のような雰囲気を醸し出しています。
鼻や唇、髪の毛まで細やかな配慮で表現されています。まとまった巻き毛が額やこめかみにかかる様子は古代の胸像を真似たものです。
napoleone

「見捨てられたプシュケ」ピエトロ・テネラーニ作
テネラーニ (1789 – 1869)はカッラーラ近郊で生まれたイタリアの彫刻家です。調和感のあるデリケートな形態の彫刻が得意で、イタリアのpurismo(純粋主義→宗教的なインスピレーションの芸術への回帰と、14〜15世紀の美術の再評価)の声明文に署名した一人でもありました。このプシュケは彼の代表作品の一つです。
arte moderno2

聖カテリーナの刑具の車輪はどんなもの?

芸術を読み解く
02 /22 2017
宗教美術の中で、殉教聖人は殉教の印である「棕櫚の葉」や、刑具を持って表現されます。
アレキサンドリアの聖女カテリーナは刃がついた車輪と一緒に表現されます。

ラッファエッロの描いた聖カテリーナ
カテリーナ
このように車輪と一緒に描かれるカテリーナ、時には破壊された車輪が出てくることがあります。

アルメニアの王子とキプロスの王女の間に生まれた3世紀の聖女カテリーナは、ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝とも血縁関係にあります。
14歳のとき父王の後を継ぎ女王に即位した聖女は、生涯純潔を通す決心をし「血筋、富、知恵、容姿のいずれにおいても自分に勝る」相手なら結婚すると宣言します。
この後、カテリーナは隠者アドリアヌスの導きにより、砂漠の中の幻の聖堂でイエスと結婚式を挙げます。

このころ皇帝マクセンティウスがアレクサンドリアに到来し、異教の祝祭を挙行しますが、18歳のカテリーナは多くの人間を神への生贄を捧げようとしている皇帝を止めます。皇帝が雇った学識高い50人の学者と弁論家と対決させてもカテリーナに異教の優越性を示すことはできませんでした。
皇帝はカテリーナを愛妾に、さらには皇妃にしようと申し出ますが彼女はこれを拒否します。
高官の提案により、カタリナは刃が付いた車輪を組み合わせた恐ろしい刑具で殺されることになりました。
ところが天使が車輪を破壊したので、飛び散った破片に当たって4000人の異教徒が死んだとされます。

この刑具「刃がついた恐ろしい車輪」がカテリーナのアトリビュート(西洋美術において人物や神と関連付けられた持ち物で、持ち主を特定する役割を果たします)なのです。

ところでこの車輪はどのように使われるものだったのでしょうか?
私は犠牲者を地面に固定して、その上を車輪が回っていくというイメージを持っていたのですが…
シエナのピナコテーカの中で次のような絵を発見しました。
santa caterina
これはかなり痛そうです。カテリーナの車輪は天使が破壊してくれたようですが、このような拷問用具が実際に使われていたのかどうか?
イタリアにはいろんな都市に拷問用具の博物館があるのですが、怖くて入って確認する気にもなれません。

ミモザの咲く季節

写真館
02 /21 2017
前回に続き2017年2月に撮った写真を紹介します。フィレンツェ、シエナ、ピサで撮影しました。

フィレンツェの街を一望できるミケランジェロ広場の手すりの修復が一部終わったのを記念したデコレーションです。芝生の上に「AMO FIRENZE」の文字が花で形作られています。
feb7

まだ2月上旬なのにミモザの花が咲き始めた!
ミモザが咲くと花粉症のシーズン到来です。
feb9
3月8日の国際女性デーには男性が女性にミモザの花をプレゼントするのですが、その日までミモザの花が残っているかしら?と毎年心配になります。

斜塔を背景にOPA(オペラ・デル・ドゥオーモ 大聖堂管理局)の紋章を持った子供の像。
feb10

シエナ、カンポ広場近くのバールで。お菓子の色が鮮やかで可愛い( ^ω^ )
feb11

こちらもシエナ。ヴェスパの絵葉書がずらり。ヴェスパを生産しているピアッジョ本社はピサの近くのポンテデーラにあります。
feb3

こちらはフィレンツェのサン・ドナート地区の公園。この地区は昔はフィアットの工場でしたが、工場を壊して町の新しい区画になりました。大学、学生寮、映画館、裁判所、スーパーなどが並び、その中央に位置しているのがこの公園です。
feb1
この日は暖かく、公園を散策している人がたくさんいました。

冬と春のはざま

写真館
02 /20 2017
今回は2017年2月にシエナで撮影した写真をご紹介します(^-^)/

2月は日がだんだん長くなってきて、春ももう直ぐだな〜と感じる季節。
でも日によっては冬に後戻り。三寒四温とは日本だけではないんです。
ある日のシエナ、カンポ広場。
feb8
この日は寒い風が吹いて、空もどんより灰色…

ところが約1週間後に、ほとんど同じ場所で撮った写真では…
feb4
マンジャの塔がくっきり青空に映えています。

カンポ広場から大聖堂へ上がる道。シエナのメインストリートの一つです。道路のカーブに沿って、キージサラチーニ宮殿があります。高い建物に挟まれた道に眩しい光が差し込んでいます。
feb2
大聖堂も青空を背景に白い姿が輝いています!
feb5

シエナ→フィレンツェのバス停にあるバールでバス待ち。このバールは色々お洒落なのですが、コーヒーをかき混ぜるスプーンもこんな感じです。
feb6
でも「棒」型なので、カフェの泡だった部分がすくえない…

フィレンツェ→シエナは都市間を走るバスで約1時間でたどり着けます。ちょっくらフィレンツェから遠出をして世界遺産にも指定されているゴシックの町を見に行きませんか?

写真館は次回も続きます(^∇^)ノ

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。