ガリレオ・キーニ

アルノ河南地区
04 /12 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介するシリーズ、最後の部屋を飾るのがガレリオ・キーニの作品です。

キーニはフィレンツェ生まれの画家、インテリア・デザイナー、グラフィックアーティスト、陶芸家でした。リベルティ様式(イタリアのアール・ヌーボー)の重要人物でもあります。

サンタ・クローチェ教会の美術学校にてインテリア・デザインを学び、叔父が経営していた修復の企業でインテリア・デザイナーとして働いた後に、アメデーオ・ブオンテンポやアウグスト・ブルキの工房で絵画を学びます。
1896年にフィレンツェにてセラミックアートの製造場を創設しました。高級ホテルの内装や外装を陶器パネルで装飾する仕事を数多くこなしています。

またエジプトを旅行した経験から、友人であったプッチーニの戯曲「トゥーランドット」の舞台装置を製作します(プッチーニはトゥーランドットを未完のまま残して亡くなったため、キーニの舞台装置を見ることはありませんでした)
プッチーニの作品を中心に彼は約30年間、舞台装置の製作の仕事に携わっています。

「バンコクの年末」キーニ作
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長らくご紹介してきました近代美術館、説明文は各部屋のパネルを訳したものが中心です。
まだまだ説明できなかった作品も数多くありますので、機会があったら扱っていきたいと思います。
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文芸雑誌マルゾッコとレオナルド

アルノ河南地区
04 /11 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介するシリーズです。

Sala 27
19世紀末の美的感覚に影響を受けた芸術家と、ヨーロッパの新しい傾向に適応しようという芸術家が対立したのが20世紀初めのフィレンツェでした。

この頃フィレンツェにて発行された文芸雑誌「マルゾッコ」と「レオナルド」です。

マルゾッコはライオンと百合の紋章を合わせたフィレンツェのシンボルで、ルネッサンス時代のドナテッロがマルゾッコの像を彫ったことでも有名です。
雑誌「マルゾッコ」ではウーゴ・オジェッティの社会進歩を切望するコスモポリタニズムのヴィジョンが中心です。ここから若い芸術家ソッフィチやコステッティ、スパディーニが影響を受けました。

対して雑誌「レオナルド」は優雅な上流階級のインテリたちが発行に協力、ここではジョヴァンニ・パピーニに指導された支持者たちがいました。

この相反するグループの作品が展示されているのが近代美術館の第26室なのです。

「ジュッベ・ロッセのサンルーム」バッチョ・マリア・バッチ作
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ジュッベ・ロッセは今でもレプブリカ広場にあるバールです。
文学士が集まる場所でしたが、次第に未来派の集会所になります。未来派は「過去の芸術の徹底破壊」「機械化によって実現された近代社会の速さ」を称えます。1920年代からファシズムにつながり、戦争を「世の中を衛生的にする唯一の方法」として賛美するようになります。

「打ち明け話」アルマンド・スパディーニ作
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ガリアルディーニ・コレクション

アルノ河南地区
04 /10 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介するシリーズです。

Sala 25
マッキャイオーリ派(ファットーリ、レーガ、シニョリーニ、ボッラーニ、アッバーティ、バンティ、カビアンカ、ダンコーナ、デ・ティヴォリ、コスタ、セルネーズィ)の作品43枚からなる、ガリアルディアーニが収集したコレクションです。
私たちの時代におけるイタリア最大級のコレクションであり、美的にも歴史的意味合いにおいても重要なものとなります。
収集家は厳しい批評と当時の嗜好を頼りに作品を集め、トスカーナのレアリズム運動を知る上でとても重要なコレクションとなりました。

企業家エミリオ・ガリアルディーニによって戦後に収集された「砂丘の馬(ファットーリ作)」「春の薔薇(レーガ作)」「陽だまりの子供達(シニョリーニ作)」など、マッキャイオーリ派の重要な作品が並んでいます。
またマッキャイオーリ派のすぐ後にあらわれた世代である、オスカー・ギーリアやノメッリーニの作品も並んでいます。

「自画像」ファットーリ作
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「正午」ノメッリーニ作
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「失われた命」アルモンド・チャンピ作
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若い女性が祈りのポーズで岩の上に座っています。肩と頭は前傾し、両手は顔に触れんばかりです。彼女の脚の上には丸くなった姿勢の子供の頭が載せられています。外から見えにくい部分の詳細まで細かく表現されており、鼻腔が広がっているところから泣き止んだばかりであることが察せられます。

自然主義への反動として生まれたシンボリズム

アルノ河南地区
04 /09 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介するシリーズです。

Sala 24
19世紀末の20年間の精神主義の運動はヨーロッパ文化の中心となりました。
ギュスターヴ・モローやオディロン・ルドンの象徴主義(シンボリズム)から、サルトーリオやミケッティのダンヌンツィアネズム(詩人ダンヌンツィオの流派)などが、それまで普及していた現実主義の危機を招きます。楽観的自然主義を正しいとした流れへの反動でした。
※象徴主義 自然主義への反動で「観念に感受可能な形を着せる」ことに重きを置きます。
※モロー 象徴主義の先駆者。聖書やギリシャ神話を題材とし、想像と幻想の世界を描きます。
※ルドン 幻想の世界を描き続けた、独自の道を歩んだ孤高のフランス画家。

これらの傾向は実証主義や真実主義の欠陥への反応であり、神秘に惹かれる感情を示し、光や色の中に有形事物を超える方法を探ろうとしたのでした。
これはノメッリーニやプレヴィアーティ、キエネルクの色彩分割描法や、アドルフォ・トンマーズィやアントニー・デ・ウィットの文学的な絵画、メダルド・ロッソの彫刻に表現されています。

「初めての誕生日」ノメッリーニ作
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ノメッリーニ作
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中欧文化のモデルと影響

アルノ河南地区
04 /08 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介するシリーズです。

Sala 23
19世紀終わりの20年間は、イタリア文化の中にヨーロッパ美術の影響が突出した時期でした。
それはラッファエッロ前派(19世紀中期にイギリスに起こった芸術運動)ネオルネッサンスの耽美主義から、ロマン主義ヘレニズムやドイツ派の地中海神話を扱ったものまでバリエーションに富んでいます。

このような新しい構成要素は、ローマやフィレンツェに滞在した外国人芸術家より、直接にイタリア人芸術家たちに吸収されていきました。リソルジメント時代のレアリズムの表現形式が終焉を迎える決定的な原因となったのです。
こうして人間の内面の闇や不安といった部分の美学的探求へと移り変わっていきます。神秘や不条理といったテーマに、画家や詩人が対峙していった時代です。

ドメニコ・トレンタコステ作「国会の塔のための女性寓意像」
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トレンタコステは没落した男爵家の出身で、パレルモにて7歳の時からBenedetto Delisiの工房にて彫刻の技術を学びました。ナポリで修行した後にフィレンツェに移住し、マッキャイオーリのレアリズムや、ドナテッロとミケランジェロの15世紀彫刻から影響を受けました。

シドニー・パジェット作「ランスロットとエレナ」
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パジェットはヴィクトリア時代イギリスのイラストレーターで、ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズの挿絵で知られています。この絵画ではアーサー王物語等に登場する伝説の人物で、円卓の騎士ランスロットを扱っています。

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。