マリア様の王冠 サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会

ヴェネツィア
08 /02 2017
ヴェネツィアのサンマルコ広場の対岸にあって非常に目立つ教会があります。
サルーテ教会
Santa Maria della Salute(サンタ・マリア・デッラ・サルーテ)教会
「サルーテ」という言葉には「健康、救い、安全、無事」といった意味があります。
プンタ・デッラ・ドガーナ地区のヴェネツィアバロック建築の代表的な教会です。

この教会は1630〜31年に流行したペストからの解放を祝して、マリア様へのex voto(奉納物)として建設されました。
この流行病ははマントヴァ公国の大使によってヴェネツィアにもたらされたものだったとか。すでにペストが流行っていたマントヴァから助けを求めてやってきた大使は離島に隔離されましたが、その処置にもかかわらずヴェネツィアでもペストが大流行してしまいました。
このペストで8万人ものヴェネツィア人が亡くなり、それは人口の4分の1を超えるほどだったとか。
(ヴェネツィア共和国Serenissimaの領土では全部で60万人も死んでいます)
ペストが治ることをマリア様に祈願する大行進が行われれ、それから状況が収まりはじめたので、感謝の印に大きな聖堂の建設が決まったのです。

建築はバルダッサーレ・ロンゲーナに委任され、マリア様に捧げる「王冠」の形(八角形)を平面図に持ちます。
教会の聖別は1687年に行われました。

毎年11月21日にヴェネツィアでは「マドンナ・デッラ・サルーテの祭り」行われます。
この日、人々はサン・マルコから橋を渡りサルーテ教会に詣るのです。運河を渡るために、何世紀もの間、船を繋げていましたが、現在では人口の浮島の上に仮設の橋が設けられます。
この日、サルーテ教会は1日中開いていて、途切れることなくミサが行われるのです。

ヴェネツィアの守護聖人サン・マルコの祝日は4月25日なのですが、この日はイタリア解放記念日に当たります。このように祝日が重なる場合、イタリアでは他の日に町の守護聖人の祝日を設けることができます。そこでヴェネツィア市は11月21日を選びました。
11月21日はヴェネツィア市民にとって重要な日なのですね。

参照 Venezia, Guida d'Italia del Touring Club Italiano, 3ª edizione, ISBN 978-88-365-4347-2
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美術のオリンピック ヴェネツィア・ビエンナーレ

ヴェネツィア
08 /01 2017
Biennale di Veneziaは、1895年からヴェネツィアにて開催されている現代美術の国際美術展覧会です。
ビエンナーレとはイタリア語で「二年に一度」という意味。
二年に一度(奇数年)の6〜11月頃まで開催されます。
国が出展単位であるために「美術のオリンピック」とも呼ばれているんですね。

水の都ヴェネツィア
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美術部門、映画部門・建築部門・音楽部門・演劇部門・舞踊部門があり、
毎年開催→ヴェネツィア国際映画祭、国際演劇祭
偶数年に開催→国際建築展覧会(ヴェネツィア建築ビエンナーレ)
奇数年に開催→美術部門

全てビエンナーレの一部なので、実は2年ごとではなく、毎年何かしらの関連イベントがヴェネツィアで開催されているのです。
主な会場はアルセナーレ(ヴェネツィア共和国造船所)とジャルディーニ(カステッロ公園)です。
ビエンナーレの時期、ヴェネツィアの町のあちらこちらに関連のオブジェがインスタレーションされるので中世の風景の中にモダンアートが渾然となっている様子が面白いのです。

どんな感じかちょっと写真でご紹介しますね。

カナルグランデ沿いに建てられた金の円柱、とっても目立ちます!
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小さな運河沿いの小さな公園の中にありました。女性の顔が多くの蝶に覆われています。
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同じ公園にあった全身像。
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プンタ・デッラ・ドガーナで見つけた「人魚」
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モダンアート作品によってヴェネツィアがさらに幻想的な町になっていますね。

ヴェネツィアのヤン・ファーブル

ヴェネツィア
07 /30 2017
ヤン・ファーブルは、ベルギー、アントウェルペン出身の美術家、演出家、振付家です。有名な「昆虫記」を書いたアンリ・ファーブルの曾孫にあたる人物でもあります。

2016年にはフィレンツェのヴェッキオ宮殿、シニョーリア広場、ベルヴェデーレ要塞にてファーブル展が行われていました。
ヴェッキオ宮殿のヤン・ファーブル
泣きながら笑う男
十字架を持つ男
星を指揮する男

2017年、今度はヴェネツィアのDorsoduroにて、彼の展示会が行われています。いくつかの作品の写真をご紹介します。

中庭のオブジェ。彼の作品に昆虫を扱ったものが多いのは、アンリ・ファーブルの影響なのでしょうか?
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十字架も彼の作品によく扱われるモチーフです。
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こちらはシリーズになっていて、人間の頭蓋骨が様々な動物の骸骨を喰らおうとしている様子です。
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今回の展示会にガラス作品が多いのは、もしかしてヴェネツィアンガラスに因んでいるのでしょうか?
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命や死の様々な角度から捉えた彼の作品は、不思議な魅力を持っていますよね。
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プンタ・デッラ・ドガーナと安藤忠雄

ヴェネツィア
07 /29 2017
Punta della Dogana(税関の先端)はヴェネツィアのグランデ運河とジュディッカ運河を分ける三角形の部分です。
税関の先端
二つの運河が合流する海域はBacino San Marco(サン・マルコの流域)と呼ばれる、サン・マルコ広場に面する海。

いくつかの重要な建築が建っているプンタ・デッラ。ドガーナの中で、一番先端にある建築は17世紀バロック様式で三角形の平面図を持ちます。
屋上では金色の玉を二人のアトランテ(男像柱)が支え、玉の上には「Occasio オッカージオ」と呼ばれる「幸運」のシンボル像が立っています。occasione(チャンス)からついた名前なのでしょうか?
オッカージオの部分は風によって向きが変わるそうです。

ヴェネツィア共和国の時代に、ここは船の貨物を調べる税関の本部として使われていたそうです。
旧税関倉庫は2009年に安藤忠雄さんのデザインによって修復工事が行われ、モダンアート美術館となりました。
内部はコンクリート打放しの壁が多用されています。

「先端」で写真を撮る人々。
punta della dogana

ヴェネツィアにはピアッツァが一つしかない?

ヴェネツィア
07 /28 2017
piazza(ピアッツァ)とは「広場」のことです。
イタリアの町では教会の前や都市国家時代の政庁舎の前に、美しい広場があるのが普通です。
ところがヴェネツィアには「ピアッツァ」が一つしかないのです。

ヴェネツィアは118の半人工諸島の間を160本もの運河が流れ、運河には400本の橋がかかっています。
街中には大小の広場があり、その真ん中にはこんもりと盛り上がって井戸があります。干潟の上に作られたヴェネツィアでは地下水はありませんから、全て海水となってしまいます。そこで雨水を広場の地下にある貯水槽に集め濾過して飲み水として使っていたのです。

ヴェネツィアではこのような広場を普通campo(カンポ)と呼びます。
カンポは「畑、野原、グランド」のこと。
campo di venezia
運河のすぐ横にある「カンポ」

ヴェネツィアでピアッツァと呼ばれる場所はただ一つ、ヴェネツィア共和国の心臓であったサン・マルコ広場 Piazza San Marcoだけなのです。

※ちなみにPiazzale Roma(ローマ大広場)もありますが、こちらは1993年にできた新しいもの。
本土とヴェネツィアを結ぶ橋は、渡潟鉄道橋(1846年 オーストリア帝国支配下で開通)と自動車橋(1928年 ムッソリーニ時代に開通)の2本があります。
この自動車橋が辿り着く場所がローマ大広場なのです。

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。