リソルジメント礼賛

アルノ河南地区
03 /12 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介する第17弾!

Sala 16
ピッティ宮殿に転入したサヴォイ家の管理者デミトーリオ・カルロ・フィノッキエッティの意見によると、戦いの場で結ばれた友愛関係を深くするため、芸術の分野で、その最も零細な職人的なカテゴリーまで国が奨励していくべきだと考えられました。
またイタリアの芸術の優秀さを外国と対比し競争するため、万博という機会は最適なものでした。

この考えにならい、ヴィットリオ・エマヌエレ2世は宮殿を飾るための絵画や家具を購入していったのです。こうして宮殿は当時のイタリアンスタイルの公的ギャラリーとなりました。
苦しいリソルジメントの時期にほとばしり出た創造力が生み出したアート。国が注文主となり買い取っていきます。これにはリソルジメントの正当性を保証する目的もありました。
新しいスタイルを追い求める精神が、多様性に富みアバンギャルドな芸術の傑作を生み出して行きます。

「ジュゼッペ・ベルディの胸像」ヴィンチェンツォ・ジェミト作
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一般人のように表現されたヴェルディ。しかしその姿は演奏に集中する偉大な音楽家であり、頭をピアノの方に前屈しています。まるでメロディを考えているかのように。乱れた頭髪、襟が持ち上がったジャケットが天才の性格を語っています。

「サン・マルティーノの戦いにおける最後の襲撃」カルロ・アデモッロ作
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サン・マルティーノの戦いはサルデーニャ王国軍とオーストリア軍の間で戦われた第二次イタリア独立戦争の最後の局面です。サルデーニャ王国軍はヴィットーリオ・エマヌエレ2世の指揮で戦いました。
カルロはミラノの芸術家ルイージ・アデモッロの甥にあたります。カフェミケランジェロに通いながらもマッキャイオーリ派にはならず、伝統的な絵画を残した画家です。リソルジメントに参加した人々から聞いた話を元にして絵画を製作していったそうです。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。