エトルリア語

ちょっとかじる歴史の話
05 /09 2017
古代ローマよりも古い時代に中部イタリアに栄えたエトルリア文明。
今日はその言語について、ピサガイド学校に通っていた時のメモをまとめます。

◉エトルリア語の文字はギリシア文字によく似ている。ギリシャ語は紀元前8世紀にはラツィオ地方に伝わっていた。
◉表音文字で読み方はわかっているが、単語の意味が不明なものが多い。
◉ほとんどの資料が碑文に書かれた文字。例外的に布地(麻)に書かれた文字、蝋を塗った板に棒で記した文字、ブロンズの薄板に書かれた文字、儀式に使ったと思われる瓦に書かれた文字などがある。
◉エトルリア語の母音はア、エ、イ、ウでオがない。
◉大文字はなく小文字だけ。
◉文章は普通は右から左へ書いていた(sinistrorso)しかし左から右に書くことも(destrorso)もあり、また各行交互に向きの変わる書き方(bustrofedico)も使用していた。
※bustrofedicoは、牛(bue)の耕作 (aratura)という意味で、古代ギリシャ語のboustrophēdónから来ています。日本語でも牛耕式(ぎゅうこうしき)とか犁耕体(りこうたい)と呼びます。

◉名前の書き方は、現代イタリア語になぞらえてみると
Marco(名) Rossi(氏族) Biondo(苗字で体の特徴を表すことに由来) Giovanni(父の名) Maria(母の名)
という順番で記していました。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。