パッツィ家のイルカ

ちょっとかじる歴史の話
06 /07 2017
メディチのライバルであったパッツィ家。
イタリア人の苗字には「なんでこんな苗字が付いているんだろう?」と思うものがいくつもありますが、パッツィ(pazziは錯乱、狂気という意味)もその一つです。

メディチ家の当主ロレンツォと弟のジュリアーノの殺害を企てた「パッツィ家の陰謀」から、このような苗字で呼ばれるようになったイメージがありますが、暗殺事件前からパッツィはパッツィでした。
その語源はもっと古いものです。
ラテン語の「patiens 忍耐強い」から由来する説、同じくラテン語の「pax 平和」からという説、ギリシャ語の「pathos 情念」から来ている説もあります。
苗字の前にdeやdi(いずれも「何々の」という所属を表す)などを先行させるのは、ランゴバルド族の家父長制の遺産で、一族が重要とされていた印です。

ラニエリ・デ・パッツィがフィエーゾレからフィレンツェに移り住んだパッツィ家の先祖とされ、11世紀の頃の人物です。
パッツィ家の古い家紋は三日月をモチーフとしていて、これはフィエーゾレの町の紋章に似ています。

伝説的な人物パッツィーノ・デ・パッツィは、第一回十字軍に参加、エルサレムの城壁の上に最初のキリスト教の旗を立て、サントセポルクロの岩のかけらを3つ入手したとされます、今もこの石は、復活祭のスコッピオ・デル・カッロの花火に火をつける火打ち石として使用されています。

パッツィ家は金融と貿易で豊かになり、政治的にはグエルフィ派でした。
(ヴァルダルノには同じ名前のパッツィ家がありましたが、こちらはギベッリーニ派でフィレンツェのパッツィ家と親戚関係を持つことはありませんでした)

しかしフィレンツェ人が果たして第一回十字軍に参加することがあったのか学者から疑問も提示されています。
パッツィ家の新しい家紋にある「イルカ」は、パッツィ家の人間が十字軍に参加し海を渡ったことの名誉を表すと言われますが、実際にはこの家紋はもっと後の14世紀に神聖ローマ帝国のバル公から頂いたものだそうです。

パッツィ家の家紋
パッツィ家の紋章

バル家の家紋
バル家の紋章

バル公の紋章もパッツィ家と同じく「2匹のイルカ」なんですね。
背景の色や十字架の形までそっくりです。

参照 Antiche famiglie toscane: i Pazzi
   
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。