エトルリアのライオン

ピサ県
06 /17 2017
ピサの斜塔がある大聖堂広場を囲む市壁の上に、このライオンの像があります。
よくお客様に「あのライオンの像は何ですか?」と聞かれます。
leone etrusco
市壁の上に立っている彫刻はこれ一体だけですので、とても目立つのでしょう。
これは古代民族エトルリアの彫刻であると言われています。

ピサ共和国を守る市壁は1155年に、コッコ・グリッフィの指揮で建設されました。
ローマ帝国時代には町はもっと小さく、やはり城壁が張り巡らされていました。その中に公衆浴場、アンフィテアトロ、港などが存在していましたが、中世にはこれらが廃墟となり、建築物に使われていた石を再利用して作られたのが中世の市壁だったのです。

市壁からは何本もの塔が突き出ていましたが、1406年にフィレンツェがピサを支配するようになり、これらの塔の上部は壊されて市壁と同じ高さにされてしまいます。
町の中の塔型住居も破壊されました。有力市民の権力のシンボルであるこれらの塔は、自治都市が負けると取り壊されてしまうのが当時の習わしだったのです(都市の内部抗争で、町から追放された有力市民の塔型住居も破壊されるのが普通でした)

取り壊された「ライオンの塔」にはアーチがあり、広場への入り口となっていました。
塔の外部の壁龕に、このエトルリアのライオンの像が設置されていたので「ライオンの塔」と呼ばれていたのです。
今は閉ざされてしまったアーチの跡も見ることができます。
porta del leone
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。