メディチ家礼拝堂の年表

ドゥオーモ地区
08 /24 2017
サン・ロレンツォ教会の裏側に位置するメディチ家礼拝堂。現在は国立美術館になっていて、内部は「クリプタ(地下祭室)」と「君主の礼拝堂」「新聖具室」の3つの空間があります。クリプタはメディチ家の16世紀〜末代までの墓所です。
今日はこの美術館の年表をまとめました。
建築に関する項目は紫色で書いてあります。

1516年 メディチ家のネムール公ジュリアーノ死去。
1519年 メディチ家のウルビーノ公ロレンツォ死去。

1520年 メディチ家出身の法王レオ10世がミケランジェロに新聖具室建設を依頼。上記二人、ロレンツォ豪華王と弟ジュリアーノ、計4人の墓所となります。
cm3
1521年 ミケランジェロ作「聖母子」この年にレオ10世死去、工事は中断。

1523年 コンクラーヴェビよりメディチ家のクレメンテ7世が選出され、工事再開。

1533年 ウルビーノ公ロレンツォのモニュメント完成。「曙」「黄昏」は1531年の作品。
cm2
1534年 この年にミケランジェロはローマに移住。

1554〜55年 ミケランジェロが未完成のまま残した聖具室を、コジモ1世の命令によりヴァザーリとアンマンナーティが完成。

1568年 コジモ1世がメディチ家の墓所を作ることを発案(実際には息子のフェルディナンド1世の時代に着工)

1588年 墓所の内部を装飾するため貴石加工所 Opificio delle Pietre Dureを創立。オピフィーチョ制作の壁用モザイク。
cm1

1604年 「君主の礼拝堂」がマッテオ・ニジェッティにより着工される。窓のデザインはジュゼッペ・ルッジェーリとフェルディナンド・ルッジェーリ
cm4

1626年〜 ピエトロ・タッカとフェルディナンド・タッカ作 ブロンズ製の「フェルディナンド1世」「コジモ2世」像

1828〜37年 ピエトロ・ベンヴェヌーティ作クーポラ内装飾「旧約聖書と新約聖書」

1939年 様々な時代に制作されたモザイクパネルを組み合わせ祭壇を構成。

参照「Firenze e provincia」 Touring club italiano
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。