ウッフィツィ美術館の年表

ドゥオーモ地区
08 /25 2017
年間200万人もの観光客が訪れるフィレンツェのウッフィツィ美術館。16世紀にメディチ家がトスカーナ大公国を治めるための事務局として建設されました。ルネッサンス絵画の至宝が並ぶこの建物の年表をまとめました。
建築に関する項目は紫色で書いてあります。

1540年 メディチ家のコジモ1世がヴェッキオ宮殿に住居を移す。

1560年 コジモ1世はシエナ共和国に戦勝し、トスカーナ全域を治めるため13の司法機関をまとめるプロジェクトを進め、ウッフィツィがヴァザーリにより着工される。ヴェッキオ宮殿の横にあったサン・ピエル・スケラッジョ教会(1068年聖別)の建築を一部利用している。
今も残る教会の一部。
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1565年 ウッフィツィとピッティ宮殿を結ぶ「ヴァザーリの回廊」の建設。

1579〜81年 最上階の天井のフレスコ画がグロテスク文様で装飾される。アントニオ・テンペスタやアレッサンドロ・アッローリ作。
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1580年 ヴァザーリの死後アルフォンソ・パリージとベルナルド・ブオンタレンティによってウッフィツィが完成される。

1581年 フランチェスコ1世の命令で最上階のロッジャが閉じられ、絵画や彫刻作品を並べる。

1583年 フランチェスコ1世がランツィのロッジャの上に庭を設置(現在のカフェテリア)
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1586年 1階と2階を使った劇場を建設(19世紀に2つの階に分けられる)

1587年 フェルディナンド1世の希望で肖像画ジョヴィアーナ・シリーズがコレクションの仲間入り。

1588年 貴石加工所をはじめ各種の工房がウッフィツィ内部に設置される。

1591年 リスエストがあった場合、ウッフィツィを一般公開する機会を設ける。

1769年 ロレーヌ家のピエトロ・レオポルド公がウッフィツィを一般公開するにあたって、新しい入り口をザノービ・デル・ロッソに建設させる。

1779年 「ニオベの間」建設、ローマのメディチ別荘から運んだ古代彫刻を並べる。

1835年 コジモ1世はウッフィツィ中庭の壁龕にトスカーナの著名人像を並べることを願っていたが、ようやくこの年から制作される。全部で28人の像(ジョット、レオナルド、ミケランジェロ、ダンテ、マキャベリなど)
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1865〜71年 フィレンツェがイタリアの首都であった時期、ウッフィツィ内部のメディチ劇場は上院議事堂として使用される。

1993年5月 マフィアによる爆破事件。5人が死亡し、美術品も被害を受ける。
事件から20年、爆弾があった場所に手向けられた花輪。
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1998年 ウッフィツィの新しい出口を建設するためのコンクールにて磯崎新氏が優勝。2003年にロッジャという形式で完成する予定だったが、政治的な紆余曲折を経て今も工事は中断したままである。

2006年〜 ウッフィツィの美術館の展示面積を倍にする改築「Grandi Uffizi」が着工。

2017年 「Grandi Uffizi」あと4年ほどで完成予定?

参照「Firenze e provincia」 Touring club italiano
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。