ピッティ宮殿の年表

アルノ河南地区
08 /26 2017
アルノ川の南岸に位置するピッティ宮殿、メディチ家の宮殿として長く使われました。メディチ家のあとはロレーヌ家、ナポレオン、サヴォイア家の居住となり、現在は国立美術館となっています。ピッティ宮殿の年表をまとめました。
建築に関する項目は紫色で書いてあります。

1458年 ピッティ家の邸宅としてブルネレスキの設計により着工。しかしこの年にはすでにブルネレスキは死去していたため、ルカ・ファンチェッリの設計とする学者もいる。
「ピッティ宮殿の前のルカ・ピッティ」
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1549年 コジモ1世と妻のエレオノーラ・ディ・トレドがピッティ邸を購入、ヴェッキオ宮殿から移り住む。

1551年 ニッコロ・トリボロにより庭の整備が始まり、アンフィテアトロが建設される。

アンフィテアトロから見るアンマンナーティの中庭
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1558年 アンマンナーティによる増築が始まる。扉を増やし、インジノッキアーティの窓、中庭など。

1583〜1593年 ボーボリ庭園にブオンタレンティによって「大きな洞窟 グロッタ・グランデ」建設。

Utensのルネッタに見る1599年ごろのピッティ宮殿
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1618年 ジュリオ・パリージによる増築。2階と3階を横に延長し、窓を増やす。

1640年 アルフォンソ・パリージによる増築、地上階と2階を横に増築。

1764〜65年 ジュゼッペ・ルッジェーリによる増築。


1765年 ロレーヌ家ピエトロ・レオポルドがトスカーナ大公となり、ピッティ宮殿に住む(1790年まで)

19世紀初め ナポレオンがイタリア王となり、フィレンツェ滞在時にピッティ宮殿を使う。

1814〜1860年 ナポレオン失脚により、ロレーヌ家がトスカーナ大公に返り咲いて治める。

1833年 レオポルド2世によりピッティ宮殿の一部が一般公開される。

1839年〜 パスクワーレ・ポッチャンティによる増築でファサードが現在の長さ(205m)に。

1865〜71年 フィレンツェがイタリアの首都になり、サヴォイア家のエマヌエーレ2世が住む。

19世紀のピッティ宮殿ファサード。
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参照「Firenze e provincia」 Touring club italiano
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。