バルジェッロ美術館の年表

サンタクローチェ地区
08 /27 2017
ミケランジェロの彫刻が4体置かれているバルジェッロ美術館。それ以外にも1401年洗礼堂のコンクールで競ったギベルティとブルネレスキの「イサクの犠牲」があったり、ドナテッロやヴェロッキオの「ダヴィデ像」が設置されています。
バルジェッロはフィレンツェ共和国の政府の建築としてヴェッキオ宮殿よりも先に建設された建築物です。
今日はバルジェッロの年表をまとめました。建築に関する項目は紫色で書いてあります。

1255〜61年 最初の宮殿が建設され、当時は「palazzo del Capitano del popolo」という名前だった。capitano del popoloは中世の都市国家の軍事組織の「市民隊長」のこと。設計者はヴァザーリの記述ではラーポ・テデスコ。
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1260〜95年 増築が行われ、中庭を建設。

1340〜45年 ネーリ・ディ・フィオラヴァンテによって上部を増築(現在の中庭の様子はフィオラヴァンテによって改築された時代の姿を再現してある)
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1574年 コジモ1世のもとでcapitano di giustizia(司法長官)の館として使用される。司法長官のまたの名が「バルジェッロ」

この頃から3世紀の間、バルジェッロは牢屋として使われ、大きな部屋は壁で分割されてフレスコ画は塗りつぶされ囚人用に使われる。

1840年 邸内のサンタ・マリア・マッダレーナ礼拝堂の修復が行われ、フレスコ画の中にダンテの姿が発見される。このフレスコ画はヴァザーリによればジョット作。
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1859〜1865年 牢屋はムラーテに移り、もとの姿を取り戻すための修復が行われる。

1865年 美術館として公開。

1887年 ドナテッロ生誕500周年。美術館にドナテッロの作品を集めて設置。

1888年 リヨンのアンティーク商ルイス・カランドにより美術品が寄付される。
カランド・コレクションの部屋
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1899年 外交官であったレスマンより美術品が寄付される。

参照「Firenze e provincia」 Touring club italiano
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。