オルサンミケーレ教会の年表

シニョーリア広場地区
09 /04 2017
フィレンツェのオルサンミケーレ教会は大天使ミカエルの名前を戴く14世紀の教会です。

8世紀中頃  広い菜園を持った女性用の修道院が存在していました。その菜園の中にあった祈祷所が教会に建て替えられます。大天使ミカエルに捧げられたこの教会は「San Michele in Orto(菜園の聖ミカエル)」と呼ばれ、ここからオルサンミケーレ教会の名前が由来します。

1240年 教会は穀物用の市場(ロッジャ)を設置するために取り壊されます。

1290年 最初のロッジャ(開廊)がおそらくアルノルフォ・ディ・カンビオによって建設されます。ロッジャの柱の一つにフレスコ画「Madonna del Popolo(大衆の聖母)」が描かれ、奇跡を起こすと人々の信仰を集めます。

1304年 火事によりロッジャは大きな被害を受けます。

1337〜50年 シモーネ・タレンティ、ネーリ・ディ・フィオラヴァンテ、ベンチ・ディ・チオーネによるロッジャの修復工事。

1343年 聖アンナの祝日に、アテネ公グアルティエリがフィレンツェから追放され、聖アンナを奉献する祭壇を設けます。

1347年 ベルナルド・ダッディ作「Madonna delle Grazie 恩寵の聖母」火事で失われた「大衆の聖母」の代わりです。
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1349〜59年 オルカーニャが「恩寵の聖母」を設置するための大理石の礼拝壇を制作。
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1360年〜 ペストのために何回の中断を経ながら、ロッジャが改築され教会へ移り変わり、開廊のアーチが閉ざされます。14世紀を通じて、内部はフレスコ画装飾がなされました。
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1404年 同業者組合の守護聖人像を教会の壁龕に設置することを政府が許可します(組合からのリクエストは1339年から)こうして14の壁龕に彫刻が並べられていきます。
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1526年 フランチェスコ・ダ・サンガッロ作「聖アンナと聖母子」像、シニョーリアから注文された、アテネ公追放を感謝する印として描かれた絵画の代わりでした。
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1569年 穀物倉庫として使われていた上階をコジモ1世が公証人の記録保管所にします。また毛織物業組合の建物の上階と繋ぐ空中廊下も建設されます。

18〜19世紀 壁龕の彫刻はブロンズと大理石製がありましたが、全ての作品がブロンズに見えるように、大理石像が表面が黒く塗られました。

1941年 戦争の被害を避けるため、壁龕を砂袋を埋めて作品を保護します。

1996年 上階がオルサンミケーレ美術館として開館、修復が終わった彫刻は壁龕に戻されることなく美術館に展示されます。現在、壁龕にある作品は全てレプリカです。

2005年 最後の修復「聖マタイ」が終了。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。