カゼンティーノの森がフィレンツェを作った

フィレンツェ市
01 /23 2014
フィレンツェの中世の建築にはモジュール(規格化された建築材)があったという話を前回の日記で書きました。
建築の骨格であった梁(伊語でtrave トラーヴェと言います)は、当時の長さの単位であったブラッチョで、8ブラッチャか10ブラッチャに決められていたのです。

これは法律で決めれていたもので、馬車や船(フィレンツェでは主にアルノ河を使った)での輸送を容易にするためでした。
フィレンツェの町の建築材に使われていた梁は、カゼンティーノの森から運ばれてきたものでした。

カゼンティーノの森はアレッツォ県にあり、ファルテローナ山を水源とするアルノ河の上流部分が位置します。
casentino

木材を四角く切り、山の斜面を滑らせて川まで到達させました。
いったん川に着くと、あとは筏流しの方法で運ばれました。川の湾曲した部分に溜まらないように、長い棒でコントロールされながら輸送されていったのです。
このような輸送は普通は町の川沿いの港で終了しました、フィレンツェでは川の港は、今のpiazza dei Giudiciにあたります。
piazza dei giudici
ウッフィツィ美術館のすぐ横、現在のガリレオ博物館のある広場です。
実際に19世紀までここに港があった様子を示す写真が残されているそうです。

参照 「Conosci Firenze?」Maurizio Naldini
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。