ゲラルデスカの庭

フィレンツェ市
03 /30 2014
ゲラルデスカの庭 Il giardino della Gherardesca」は現在5つ星ホテル「フォーシーズンズ」の庭として使われています。庭への主要な入り口はドナテッロ広場側ですが、ボルゴ・ピンティ通りのホテル側からも入れます(ホテルの許可が必要)
ゲラルデスカ3
中心街にある、もと私邸の庭としてはもっとも大きなものです。

中世にはドゥランテ・キエロモンテーズィという修道僧が所有していた庭でした。外国産の植物が3500種ほども栽培されている素晴らしい庭でしたが、塩の不正販売で設けた利益によって造られた庭であったため、詐欺がばれて修道僧は死刑となり、庭は破壊されてしまいました。

その後15世紀に、庭はバルトロメーオ・スカーラの邸宅に属することになります。菜園と、いけすと、小鳥を捕らえる網が張られた森という、当時の典型的な庭でした。庭は毛織物の同業者組合から、ゲラルデスカ家に売られます。
ゲラルデスカ家は10世紀にヴォルテッラの貴族として名前が表されているのが最初の記録で、その後ピサにおいて大きな権力を持った家系です。
特に13世紀の同家のウゴリーノは、ジェノヴァ対ピサのメロリアの海戦で、ピサを裏切った罪に問われ塔に幽閉された話がダンテの神曲に書かれています。ピサがフィレンツェの支配下に入ると、ゲラルデスカ家はメディチ家と血縁関係を結びました。この婚礼の機会に、この庭と邸宅を手に入れたのです。

18世紀に邸宅の改築が終わり、庭の改築が19世紀に始まります。ジュゼッペ・カチャッリ、アントニオ・マルティーニ、オターヴィオ・ジョヴァノッツィが担当しました。

ネオクラッシックのリモナイア(レモン温室)現在はホテルのビューティーファームに。
ゲラルデスカ4
それまで左右対称だったイタリア式庭園は、イギリス式庭園へと移り変わりました(イタリア式庭園の様子はボルゴ・ピンティ側に残されています)
ゲラルデスカ2

小径、自然な茂み、枠組みのとられない配置の樹木、池、3つの建物(カフェハウス、小神殿、微温浴室)、2つの丘で構成されています。

小神殿の様子
ゲラルデスカ1
この庭は世紀を越えた樹木(カエデ、セコイアなど)や、フィレンツェで最初のマンダリーノの栽培などが行われたことで有名です。またツツジのコレクションも抱負です。

フィレンツェ首都時代に、中世の城壁が破壊され環状線道路の建設により、庭は影響を受けます。町の改革を推進した建築家ジュゼッペ・ポッジにより、ドナテッロ広場側にモニュメンタルな門が建設されます。
ゲラルデスカ5

大戦中に庭や邸宅は破壊され、その後復元されました。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。