アンドレア・デル・サルトの最後の晩餐美術館

フィレンツェ市
05 /04 2014
フィレンツェ郊外にある「アンドレア・デル・サルトの最後の晩餐美術館」は、横にあるサン・サルヴィ教会とつながる修道院の食堂にあります(修道院の食堂には「最後の晩餐」が描かれることが多かったのです)
最後の晩餐美術館2

19世紀にフィレンツェで廃止された修道院や教会から多くの作品がこの修道院に運ばれてきました。こうしてサルトの最後の晩餐の横に展示されていったのです。現在の展示物は1981年に再編成されたものです。
美術館は4つの部屋で構成されます。
◎マニエリズム・ギャラリー(聖ジョヴァンニ・グアルベルトの墓石彫刻ホール含む)
◎洗手室
◎暖炉の部屋(もと台所)
◎食堂
なんといってもサルトとポントルモの作品がある食堂が重要な部屋です。

◎マニエリズム・ギャラリー
マニエリズム後期から17世紀初期までのトスカーナの画家の作品が展示されています。
晩餐美術館

(画家の名前)
イル・フランチャビージョ
ジョヴァンニ・アントニオ・ソリァーニ
ミケエレ・ディ・リドルフォ
リドルフォ・デル・ギルランダイオ
フランチェスコ・ブリーナ
ジョルジョ・ヴァザーリ
ラファエッリーノ・デル・ガルボ
イル・ポッピ
フランチェスコ・フォスキ
絵画作品は順番に貴石加工所(Opificio delle Pietre Dure)によって修復が行われています。

廊下の終わりの部屋にはヴァッロンブローザ修道院を創設したサン・ジョヴァンニ・グアルベルトの墓石用のパネルが展示されています。1507〜1513年にベネデット・ダ・ロヴェッツァーノがパッシニャーノ大修道院のために制作した作品です。浮き彫り作品の人物像の頭が打ち壊されているのですが、これはフィレンツェを征服した神聖ローマ皇帝軍の蛮行によるものです。それでも作品の細かい部分の豊かさや繊細さを観察することができます。

「レオ10世にカワカマスを献上するヴァッロンブローザ修道僧たち」
最後の晩餐美術館1

そして中央にはシエナの芸術家ヤコポ・デッラ・クエルチャがルッカのイラーリア・デル・カレットのために制作した墓碑の石膏モデルが展示されています。この修道院に保存されていた墓碑をルッカに返還したことから、ルッカが寄贈した石膏作品となります。
カレット

◎洗手室
ここで修道僧たちは食堂に入る前に手を洗っていました。衛生的な目的だけではなく、食事をする前に「清める」というシンボル的な意味もありました。

洗面台は灰色砂岩でできていて、これもロヴェッツァーノの作品です。1620年のコジモ・ガンベルッチ作「井戸のサマリア人」のフレスコ画があります。
洗手盤
この部屋にはマニエリズム直前の時期の作品が展示されています。
◉「改悛する聖ジローラモ」バルトロメオ・ディ・ジョヴァンニ作(ギルランダイオやボッティチェッリの協力者だった画家です)
◉壁龕の扉「天使、受胎告知、サンタ・ウミルタ、福音書記者ヨハネ、サン・ニコラ」サルト作(ヴァッロンブローザ修道会と縁のある聖人たちが描かれています)

◎食堂
サルトの最後の晩餐は次回に見るとして、この部屋の他の作品を紹介しましょう。
ポントルモ作品
◉フレスコ画、入り口上「信仰と慈愛」
◉「聖母子」

アンドレア・デル・サルト作品(コピー作品もあります)
◉「受胎告知」オルサンミケーレ教会から
◉「ピエタ」サンティッシマアンヌンツィアータ教会から
◉「十字架像」
◉「ポルタピンティの聖母」コピー、オリジナルは風化が激しく、展示されていません。
◉「洗礼者ヨハネの物語」コピー。オリジナルはスカルツォの中庭に。

◎暖炉の部屋(もと台所)
16世紀初期の作品が展示されています。
◉「聖母子と聖人たち」サルトの作品という説あり。
◉「十字架を運ぶキリスト」フラ・バルトロメーオ
◉「生誕」イル・フランチャビージョ

次回はいよいよサルトの「最後の晩餐」を紹介します。

参考文献
Fonte: scheda nei "Luoghi della Fede", Regione Toscana
Il Cenacolo di San Salvi a cura della 4A del Liceo Scientifico Statale "Gobetti" di Bagno a Ripoli
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。