フィレンツェの「最後の晩餐」シリーズ頂点

フィレンツェ市
05 /05 2014
サン・サルヴィ教会の横に位置する「アンドレア・デル・サルトの最後の晩餐美術館」のフレスコ画は、525×871cmの大きさを持つ作品です。
最後の晩餐3

作品はアンドレア・デル・サルトの代表作です。ヴァッロンブローザ修道院長がサルトにこの作品を依頼したのは、まだ彼が若かりし頃、1511年でした。
サルトはこの時代にアーチの部分を描きます。フェルトリーニや友人のフランチャビージョの工房の助けを得て、制作したものと思われます。
その後、15年ほど制作は中断されます。その間に彼は他の作品を描いたり、フランスに行ったりという経験を重ねました。そして1527年に「最後の晩餐」を描くために呼び戻されます。この時期、サルトは芸術家として成熟期を迎えており、64日間で作品を完成します。

準備稿(Gabinetto dei Disegni e delle Stampe収蔵)
最後の晩餐3

よく知られているように、フィレンツェの城壁外にありながら、神聖ローマ皇帝軍の破壊の手を逃れた数少ない作品のひとつです。作品のあまりの美しさに兵士たちも破壊を止めたという伝説が残っています。

1534年には、修道院は尼僧院となり、クラウズーラ(修道院への俗人の立ち入り禁止区域)の厳しい決まりのため、一般人は作品を見ることができなくなりました。
この場面のためにサルトが描いた多くの準備稿が残されていいて、作者のそれぞれの人物のポーズに対する細かい研究を知ることができます。

フィレンツェで14世紀から描かれてきた多くの「最後の晩餐」の中で、サルトの作品はその頂点とされる作品でもあります。

食堂の入り口から入って正面の壁に描かれ、反円筒天井の下の大部分の面積を物語のシーンで埋めています。
アーチの部分には5つの円の中に「サン・ジョヴァンニ・グアルベルト」「サン・サルヴィ」「三位一体」「サン・ベルナルド・デリ・ウベルティ」「サン・ベネデット」が描かれています。

部屋にそって長く横に描かれたテーブル。座っている使徒たちは、イエスの「この中に私を裏切る者がいる」という告発を聞いて動揺しています。この瞬間を題材に選んだサルトは、ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチの作品からインスピレーションを受けているのかもしれませんが、使徒たちの落ち着いた態度はギルランダイオの作風の近いものになっています。

もっとも彼のオリジナリティが見られるのは、16世紀中頃の劇場的な要素を、時代に先立って取り入れている点です。
それは場面上部に見られます。テラスから二人の人物が夕焼け空を背景に、場面を見守っています。
片方の人物は手にトレイを持っているので、召使いだと思われます。もう一人はテラスによりかかり、大事な場面を見たぞという風に、頭を曲げて相方を見ています。うち1人は画家の自画像ではないかと考えられています。

ユダは、レオナルド版と同じようにテーブルの向こう側に他の使徒の間に座っています。イエスの左横(普通はピエトロがいる場所)にいて、イエスの言葉が信じられないかのように胸に手を置いています。イエスがユダにパンの欠片を渡す瞬間です。
最後の晩餐1

イエスの右にはお気に入りの使徒ヨハネがいて、イエスの言葉がよく聞こえるように身を乗り出しています。イエスはヨハネの手に自分の手を重ね、愛情を表しています。

輝く色はトーンが一定の調和を持っていて、15世紀に伝統的に見られた強い色彩(赤、青、黄色)ではなく、中間色(紫、薄緑、オレンジ、トルコ石色)を使っています。洋服の襞は繊細な光と影で構成されています。この色と光はサルトの特徴ということができます。
最後の晩餐2

参照
C. Acidini Luchinat e R. C. Proto Pisani (a cura di), La tradizione fiorentina dei Cenacoli, Calenzano (Fi), Scala, 1997, pp. 173– 179.
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。