プラートのドゥオーモ(1)聖ステファノに捧げられた大聖堂

その他のトスカーナ地方
05 /07 2014
フィレンツェの隣町であるプラート。そのドゥオーモは、プラートで一番古い教会です。
10世紀にサント・ステファノの教区教会がここにあったことがわかっていますが、それ以前プラートがまだコルニオ村であった頃から、村の主要な教会でした。10世紀から15世紀にかけて改築され、白と緑2色の外壁が美しいコントラストを持つ教会となりました。
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12世紀に教会の主要な構造はすでにできていました。
14世紀には保存されているSacra Cintola(聖なる帯)の名声が高まったため、建物が増築されます。まずジョヴァンニ・ピサーノの設計により翼廊がつくられ、「Cappella della Cintola 帯の礼拝堂」が建築されました。
「聖なる帯」とは聖母マリアの持ち物とされ、聖母の昇天に疑いをもっていた使徒トマスに対して、聖母が天から証拠として帯を渡したと言われます。プラートの教会には聖なる帯が12世紀から保存されています。
礼拝堂の建設とともに、帯を人々に見せる空間をつくるため、周りの広場も大きく拡張されました。

ファサードは後期ゴシックの14〜15世紀の建築です。
ファサード右手にはミケロッツォとドナテッロによる説教壇が設けられました。教会内部ではなく外部に設置される説教壇は珍しいものです。
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この説教壇は民衆に「聖なる帯」と顕示するためにつくられ、今でもクリスマス、イースター、5月1日、聖母昇天祭、9月8日(聖母生誕日)などに顕示されます。
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中央の扉の上にはアンドレア・デッラ・ロッビアの手による釉薬陶器「聖母と聖ステファノ、聖ヨハネ」があります。ステファノはプラートの守護聖人、ヨハネはフィレンツェの守護聖人です。
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13世紀の鐘楼の横の扉には赤い染みが残っていますが、伝説によれば「聖なる帯」を盗もうとした泥棒が捕まり、両手を切り落とされたました。手のひとつが大聖堂のほうに飛び、血の染みが残ったと言われています。

次回から教会の内部を紹介します。

参照
Ferdinando Baldanzi, Della chiesa cattedrale di Prato: descrizione corredata di notizie storiche e di documenti inediti, Prato, Giachetti, 1846.
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。