プラート大聖堂美術館(1)聖ヒエロニムスの葬式

その他のトスカーナ地方
05 /11 2014
プラート大聖堂付属美術館(Il Museo dell'Opera del Duomo di Prato)にある主な作品を紹介していきたいと思います。

「Le Esequie di san Girolamo 聖ヒエロニムスの葬式」は1452〜1460年に描かれたフィリッポ・リッピの作品です。
プラート大聖堂の主祭壇の礼拝堂をフレスコ画で装飾したフィリッポはこの町に住み、フレスコ画以外にも作品を残しました。
ジローラモ1
大きな祭壇画はプラートの祭司長ジェミニアーノ・インギラーミから注文された作品です。インギラーミはフィレンツェの芸術家たちと契約を結び、フィリッポだけではなく、ドナテッロやミケロッツォと言った第一線で活躍していた芸術家たちをプラートの町に呼んで、作品を制作させました。

制作年数は、はっきりとわかっていません。この時期のフィリッポの作風とそぐわない点がいくつかあるせいです。そこでフィリッポがプラートに来たばかりの時代1452年から、インギラーミの死ぬ前年の1460年のころまでの年代が考えられています。

作品はずっとプラートの大聖堂にあり、20世紀に美術館に移されました。

聖ヒエロニムスは4世紀にダルマチア地方に生まれ、4人のラテン教父(キリスト教会初期のすぐれた神学的著作家)の1人とされます。多くの旅行と聖地巡礼を行ったあと、4年間シリアの砂漠で隠修士として暮らしました。

作品内には多くの人物がそれぞれのバリエーションに富んだポーズで描かれています。
中心には棺台のザクロ模様の布地の上に聖人が横たえられています。聖人は修道僧たちに囲まれていて、静かに悲しむ者から、絶望する者までそれぞれの態度を示しています。
ジローラモ3
このザクロ模様の布地はプラートのサンフランチェスコ教会にあるインギラーミの墓(デジデーリオ・ダ・セッティニャーノ)の作品でも、使われています。また嘆き悲しむ修道僧たちのポーズは、ジョット作バルディ礼拝堂の聖フランチェスコの死を嘆き悲しむ場面に見られる人物ポーズに似ています(聖人の足に接吻する、両手をあげるなど)また死した聖人を横顔で書く部分も同じですが、これは聖人の葬式の場面を描く時、この時代に流行った様式でもありました。

フィレンツェ サンタ・クローチェ教会 バルディ礼拝堂 ジョット作
バルディ

「聖ヒエロニムスの葬式」の場面の一番手前には、足の不自由な少年を連れて、インギラーミが跪いています。足の不自由な少年の様子は、マザッチョとマゾリーノがブランカッチ礼拝堂に描いたフレスコ画からインスピレーションを受けていると思われます。フィリッポ・リッピはフィレンツェ時代にはブランカッチ礼拝堂があるカルミネ教会の修道僧でしたから、このフレスコ画についてよく知っていたのでしょう。

フィレンツェ サンタ・デル・カルミネ教会 ブランカッチ礼拝堂 マザッチョ作
ブランカッチ

板絵の上部には岩山の間にイエスへの礼拝の場面と、聖ヒエロニムスの生涯の場面が描かれています。
ジローラモ2

また上部の天使などは助手のフラ・ディアマンテの手によります。
そして場面の一番下にはインギラーミ家の家紋が挿入されています。

参照
MUSEI DIOCESANI PRATO, MUSEO DELL'OPERA DEL DUOMO CLAUDIO CERRETELLI : CLAUDIO MARTINI EDITORE 2012
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。