ルッカの大聖堂

ルッカ県
08 /07 2014
ルッカの大聖堂は聖マルティーノに捧げられた教会です。
伝説によれば、6世紀に聖フレディアーノによって建設されたのがその起源で、11世紀に再建されました。12〜13世紀の改築を経て、現在の姿にいたります。
ルッカ大聖堂1

多くの他の町の大聖堂と同じように、ローマ帝国時代の植民都市の地図では端のほうに位置していました。
その時代の町の中心にはフォロという広場があり、その周辺には建築物が集中していたためです。この時代の大聖堂がどのような姿をしていたかについては記録が残っていません。

11世紀の再建では、1070年に聖別されたことがわかっています。
正面のポルティコ(柱廊)は12世紀の建築で、近郊のピサの大聖堂の影響を受けています。ピサ大聖堂でも建築に携わったグイデット・ダ・コモの手によるものだからです。
こうしてピサ様式をベースに、石柱に様々な文様を彫りつける「ルッカ・ロマネスク様式」が生まれます。

正面下部には3つのアーチがありますが、右のアーチが小さなものになっているのは、鐘楼が大聖堂のすぐ横にあるからです。扉の上や間にはグイデット・ダ・コモが「聖レゴロの殉教」「月暦」「聖マルティノの物語」を浮き彫りで表しました。また左の扉の上はニコラ・ピサーノによる「十字架降下」(1260年ごろ)があります。

これらのアーチの下には巡礼者用の両替商が店を開いていたそうです。
ルッカはフランチジェーナ街道の拠点で、多くの巡礼者が行き交っていたのです。
右の扉には穴が開いていますが、これは教会が閉まっている時も巡礼者が内部の「聖顔の神殿」を覗けるようになっていたのです。
内部はラテン十字の平面を持ち、三廊式です。
ルッカ大聖堂3
側面は反宗教改革時代に改築され、灰色の同じ形をした祭壇が等間隔に並んでいる、フィレンツェのサンタクローチェ教会やサンタマリアノヴェッラ教会に見られるのと同じような様式になっています。

主な見どころ
◉ドメニコ・ギルランダイオ「聖母子と諸聖人」
ルッカ大聖堂2
◉マッテオ・チビターリ「聖顔の小神殿」
◉ティントレット「最後の晩餐」
◉ヤコポ・デッラ・クエルチャ「イラーリア・カッレットの墓碑」
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。