ルッカの「聖なる顔」

ルッカ県
08 /09 2014
ルッカの「聖顔 Il Volto Santo」は、中世の時代から信仰を集めた伝説の木彫りの十字架像です。
聖顔1
現在はルッカの作品はオリジナル作品のコピーであろうというのが、一般的な意見となっています。
おそらくオリジナル作品は遠い昔に風化が激しかったので、コピーが代わりに制作されたのでしょう。
現在のコピーは11~13世紀の作品と考えられています。またキリストの顔が黒いことから中東で制作されたという説もあります。

現在はルッカの大聖堂の中、1484年にマッテオ・チヴィターリによって制作された小神殿の中に展示されています。この作品のお陰でルッカにはたくさんの巡礼者が訪れるようになりました。

伝説によればキリストの十字架降下を手伝ったパリサイ人の二コデモが彫った作品とされます。二コデモがキリストの顔を彫るのに苦労していたところ、ある日、奇跡的にその顔が完成しているのを発見しました。
ルッカには742年に他の聖遺物とともに運んでこられます。

このような奇跡によって造られた作品を「acheropita アケロピータ」と呼びます。
有名なものはトリノの「シンドネ(イエスの埋葬に使った布地で、奇跡的にイエスの全身像が布地に転写されている)」があります。

伝説では、十字架像は偶像破壊運動を逃れるため乗組員のいない船に乗せられ、風の赴くままに運ばれてティレニア海のルーニの港に辿りつきました。
浜に流れ着いた船に誰も乗船するすることができませんでしたが、聖顔の夢を見たルッカの司教ヨハネ1世だけが乗ることを許されたのです。
その後、ルーニ人とルッカ人の間で十字架像を奪おうという争いが起きますが、この時も神の啓示により十字架像はルッカに運ばれることを望みました。ルーニ人は十字架の中に入っていたキリストの血を集めた小びんだけで満足しなければなりませんでした。十字架像は聖遺物箱でもあったのです。
このキリストの血は今もサルザーナに保存されています。

聖顔2
ルッカに運ばれてきた十字架像はサン・フレディアーノ教会に安置されました。ところが翌日、十字架像が教会から消えてしまい、大聖堂の近くで発見されたのです。これも奇跡の印と考えられ、ルッカ大聖堂のサン・マルティーノ教会に置かれることになりました。

その後も多くの奇跡を起こしたと言われるルッカの「聖顔」、大聖堂の右扉に穴が付いているのは、教会が閉まっている時でも巡礼者が穴から像を覗けるように工夫されていたものとなります。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。