メディチ家礼拝堂特別展2014「芸術と政治」最後のメディチ

ドゥオーモ地区
10 /04 2014
ウッフィツィ美術館とパラティーナ美術館で行われている特別展を紹介してきましたが、今回はメディチ家礼拝堂の特別展をご紹介したいと思います。
期限は2014年4月8日〜11月2日で題名が「art & politics」副題が「プファルツ選帝侯妃と、サンロレンツォにおけるメディチ後援のラストシーズン」です。
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プファルツ選帝侯妃とは長年フィレンツェの支配者であったメディチ家の最後の1人アンナ・マリーア・ルイーザ・デ・メディチのことです。

コジモ3世の娘であったアンナは1691年、プファルツ選帝侯(ライン宮中伯とも呼ばれる神聖ローマ帝国の諸侯。ドイツ西部のライン地方を支配しました)ヨハン・ヴィルヘルムと結婚します。しかし子供のないまま1716年に夫と死別し、翌年にはフィレンツェに帰国することを決めます。コジモ3世は喜んで娘を迎え入れました。

ヨハン・ヴィルヘルムの肖像画。政略結婚ではありましたが、アンナとの関係は睦まじかったようです。
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コジモ3世の死により、息子のジャンガストーネ(アンナの弟)が跡を継ぎます。1737年に子供を残さずにジャンガストーネも亡くなると、アンナは「patto di famiglia 家族の契約」によりメディチの遺産をフィレンツェ政府に寄贈することを決めます。その条件は「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されること」でした。
彼女のお陰でフィレンツェは今も美術遺産に恵まれているのですね。
アンナ・マリアの肖像画。
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そして彼女はサンロレンツォ教会の改築とメディチ家礼拝堂の完成に最後まで力を注ぎます。

次回はメディチ最後の時代のサンロレンツォ教会の様子と、メディチ礼拝堂の建築計画を紹介します。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。