オルサンミケーレの守護聖人たち その7

シニョーリア広場地区
12 /14 2014
フィレンツェの中心街にある14世紀の建築、オルサンミケーレ教会。
その外壁には14の壁龕があり、ルネッサンス時代の彫刻が設置されています。これらの彫刻はフィレンツェのアルテ(同業者組合)の守護聖人たちで、それぞれの組合が注文、制作されたものです。彫刻は現在すべてコピーとなっており、オリジナル作品は美術館に収容されています。
今日はその彫刻作品を紹介する第7弾、最終回です。
オルサンミケーレ1
今日は(13)の位置にある「4人の聖人」と(14)の「聖ジョルジョ」です。

Quattro Santi Coronati 冠を頂いた4人の聖人
オルサンミケーレ16
◉ナンニ・ディ・バンコ作
◉依頼主 木工石工組合
◉1409〜1416年頃
◉大理石 203cm

4人の聖人はそれぞれCasorio,、Claudio、Sempronio、Nicostratofuronoという名前です。
ディオクレティアヌス帝時代の殉教聖人だちで、皇帝のためにアスクレーピオス(ギリシア神話に登場する名医)の像を彫ることを拒否したがために処刑されました。彫刻家と建築家の守護聖人とされます。
この作品はナンニがオルサンミケーレ教会のために制作した他の2作品と同じように、正式な制作記録は残っていません。
ヴァザーリによれば制作においてドナテッロの協力があったとされます。

壁龕の中に4体の彫像を設置するためにナンニは様々な工夫をしなければなりませんでした。像の大きさを小さめ目にし、壁龕の形に合わせて半円形に像を設置します。ブランカッチ礼拝堂にマザッチョが描いた「貢ぎの銭」でイエスが使徒たちに囲まれている様子を彷彿とさせます。
4人の像は3つの大理石の塊から彫られていて、右の2人は実は1つの大理石から作られています。丸みを帯びた形態や豊かな服の襞など、14世紀始めのフィレンツェの作風が表現され、頭部はローマ帝国皇帝の彫像からインスピレーションを得ています。


San Giorgio  聖ジョルジョ
オルサンミケーレ15
◉ドナテッロ作
◉依頼主 武器甲冑組合
◉1415〜1417年頃
◉大理石 209cm

軍人でもある聖ジョルジョは武器甲冑組合の守護聖人とされています。
ドナテッロの代表的な作品の1つで、オルサンミケーレ教会の彫像郡の中でも最も優れた作品とされます。

1858年に投石のために鼻が折れ、バルジェッロに移設されました。1891年、メディチ別荘ポッジョ・ア・カイアーノに展示された時に盗まれ、再発見されてからイタリアに戻ってきたという歴史も持っています。
オリジナル作品が移設された後、オルサンミケーレの壁龕にはブロンズのコピーが置かれていましたが、2008年にはオリジナルと同じ大理石のコピーに換えられました。

聖ジョルジョは甲冑を着て盾を構えた彫像で、これらは依頼主の意向によるものです。以前はヘルメットを被り、剣も持っていたということです。
身体は軽く回転し、眉をしかめた表情です。その闘争心に満ちた表情はドナテッロの豊かな感情表現の腕前の賜物です。
像は北西を向いていますが、その方向にはフィレンツェの敵であったルッカやミラノがありました。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。