シエナの昇天の聖母マリア大聖堂

シエナ県
01 /29 2015
シエナの信仰の中心である大聖堂はSanta Maria Assunta(昇天する聖母マリア)に捧げた教会で、シエナ〜ヴァルディエルザ〜モンタルチーノ司教区の司教座教会でもあります。
ドゥオーモシエナ
イタリアロマネスク〜ゴシック様式で建設されました。
この時代の重要な建築物でありながら、着工に関しての記録は少なく、1226年にシエナ共和国が大聖堂建築や装飾の費用の記録を始めたのが最初の関係文書となっています。その歴史を辿ってみると

12世紀中頃
それまであった9世紀の建築に上に新しい建築が始まる。この9世紀の教会もそれ以前のミネルバ神殿の上に建てられたと考えられています。9世紀の教会は東(現在の洗礼堂の方角)を向いていたとされます。
12世紀の新しい聖堂の献堂式は、シエナ出身の法王アレッサンドロ3世により1179年に行われたと考えられています。

1263年 クーポラを覆う鉛と頂上の金玉(銅)の購入記録 全高48m
この記録から、1263年にはクーポラの基盤となる部分の建設が終わっていたことがわかります。

1284年 ファサードの建設開始
 1284〜1297年 ジョヴァンニ・ピサーノが建築主任
 1299〜1317年 カマイーノ・ディ・クレシェンティーノ建築主任(ティーノ・ディ・カマイーノの父)

1313年 鐘楼完成(77m)

1317年 ファサード完成。東の方向へ2スパン分の増築し内陣席を築きます(その下部に洗礼堂建設可能に)

1339年 建築中断。シエナ共和国の繁栄に対してこの大聖堂は小さすぎると考えられたためです。
ライバルのフィレンツェ共和国はもっと大きな大聖堂の建設に取りかかっていました。
それで建設した聖堂の向きを90度変えた、南向きの新しい聖堂建築がランド・ディ・ピエトロに委任されます。

1348年 ペスト流行

1357年 新しい聖堂建築を断念。古い聖堂の完成へ心血を注ぎます。

1370年 建築完成

シエナの大聖堂着工時の記録が明らかでないことは、ちょっとした驚きです。どのガイドブックを見ても着工の年についてはっきりとした記録が書いていないのです。
また献堂式の年も言い伝えによるもとされています。かなり重要なイベントのはずなのですが…
そして献堂式(聖別式)から実際の建築完成まで200年もの年月がかかっているのですね。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。