シエナ大聖堂 ピッコローミニ図書館 カテリーナ列聖と失敗した十字軍遠征

シエナ県
03 /08 2015
ザ・ゴシック的なイメージのあるシエナの大聖堂。その中でひときわ輝くルネッサンス様式の空間がピッコローミニ図書館です。
図書館の壁はだまし絵によって描かれたアーケードの向こうに法王ピオ2世の一生が綴られています。16世紀初期にピントゥリッキオが助手のラファエッロの手も借りて描いた作品です。

エネア・シルヴィオ・ピッコローミニ(ピオ2世)はシエナ出身の人文主義者で、神聖ローマ帝国に仕え、皇帝の側近、外交家でした。バーゼル公会議に神聖ローマ帝国の宰相として参加、その後聖職者となって、教皇に選ばれます。

最終回の今日は「ピオ2世の一生」の8番目〜10番目の場面をご紹介しましょう。法王となったピオ2世の物語です。

◉ピオ2世、マントヴァ公会議を招集する
ピッコロ図書館11
ピオ2世が最も重要だと考えていたのは、オスマントルコの進出を防ぎ、1453年の征服に続いてコスタンティノープルを奪還することでした。そのため1459年にマントヴァのゴンザーガ家の宮廷にて公会議を開きます。
この場面は、回廊の向こうにペルジーノが描いたウンブリア州のような伝統的な風景広がり、王座は右側に置かれ、この図書館にある他の場面と似通っています。カーテンによって枢機卿と他の傍聴者が分けられています。
中央のテーブルはターペットに覆われ、上に本や器具が置かれています。法王の前に立っている高官たちの中には年老いたコスタンティノープルの総主教がいます。

◉ピオ2世、シエナの聖カテリーナを列聖する
ピッコロ図書館10
シエナの聖カテリーナを列聖する長い手続きは1461年まで続きます。
場面は上下2つに分かれ、上は法王の演壇の様子、そして階段の下に聖女の身体が横たえられています。
下の部分は観衆で、高位聖職者や一般信徒たちが火のついたロウソクを掲げています。その中で一番左がラッファエッロ、その横にいるのがピントゥリッキオだと言われます。ピントゥリッキオに関しては他の場所に描かれた自画像にそっくりなのです。

◉十字軍を始めるためにアンコーナに赴くピオ2世
ピッコロ図書館12
ピオ2世の最後の仕事は対トルコの十字軍を布告することで、自らその十字軍に参加することを望んでいました。
すでに歳老いて病いをえたピオ2世はアンコーナに1464年にたどり着きます。ここでヴェネツイア海軍が到着するのを見ることができました。
この十字軍派遣は結局は成らなかったのですが、もちろん絵の中ではこれには触れず、祝典的なイメージになっています。フレスコ画の中には左に跪いた総督のクリストフォロ・モーロ、東方の高官ハッサン・ザッカリーア、ローマで人質になっていたスルタンの息子などの実在した人物たちの肖像が描かれています。

ヴェネツィアの画家ジェンティーレ・ベッリーニがコスタンティノーポリへの旅の途中に描いた東方の衣装のデザインをピントゥリッキオがコピーして、東方の登場人物に使っています。
アンコーナの港の遠景にはヴェネツィア艦隊のガレー船が見えます。町の14世紀の城壁が忠実に再現されていて、トライアーノ門やサン・チリアコ大聖堂も描かれています。

法王は他の艦隊が着くのを待ちながら、1464年にそのままアンコーナで逝去します。そこで直ちに遠征は中止されてしまいました。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。