唯一で禁断、猛毒の「白」

芸術を読み解く
03 /11 2015
中世の時代にはテンペラとフレスコで、それぞれ下の顔料が白として使われていました。
テンペラ画→鉛白(鉛から生成)
フレスコ画→ビアンコ・サンジョヴァンニ(消石灰から生成)
これらの顔料の使用は古代の時代から知られており、19世紀まではそれぞれの分野で唯一の「白」でした。

鉛白の発色は人間の美白肌の色彩として大変に美しく見えるので、ルノワールなども女性の肌を描くのに多用したそうです。
しかしこの鉛白(伊語 biacca)は猛毒だったのです。

そこで1840年頃からは亜鉛を使った「白」、1930年頃からはチタンを使った「白」が導入されます。
こうして鉛白の使用は減っていき、現代では伝統的な画法にこだわる画家と、修復作業を行う画家による限られた使用となっています。

1921年には多くの国の間での会合「White Lead (Painting) Convention」で、鉛白の使用の禁止が決められています。この決定にイタリアも従っていますが、アメリカ合衆国とドイツは承認していません。

このように国によって対応の違いはあるものの、鉛白は猛毒であるため、粉末状での販売はかなり以前から禁止されています。普通はオイルと混ぜて即使用可能状態で販売されているのです。

鉛白が禁止される以前の画家は鉛中毒になりやすかったと言います。
また日本では肌に塗るおしろいの発色成分として鉛白が用いられていたので、鉛中毒は女性や歌舞伎役者がなる職業病でした。

参照 『絵画材料事典』ラザフォード・J・ゲッテンス・ジョージ・L・スタウト著 森田恒之訳 美術出版社 1999/6 ISBN 4254252439
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。