天空の町の聖人はセラフィム的博士

ローマ
03 /16 2015
ボナヴェントゥラ(Bonaventura)は1221年の頃にチヴィタ・ディ・バーニョレージョに生まれた聖人です。
神学者であり、枢機卿、そしてフランシスコ会総長でもありました。
トマス・アクィナス(1225年頃生まれたドメニコ会士)と同時代の人物で、当代の二大神学者と称されていました。2人は友人同士でもあったようです。

ボナヴェントゥラは伝説ではアッシジのフランチェスコによって奇跡的な治癒を受けました。今もチヴィタの町はこのイベントが起こったとされる洞窟が残っています。フランチェスコは1226年に亡くなっていますので、この事件はボナヴェントゥラの幼少期の話ですね。
1243年にボナヴェントゥラはフランシスコ会の修道院に入り、パリで学んで、若き神学者として注目され神学博士号を取得。ソルボンヌ大学で教授となり、フランシスコ会総長にも選出されます。

さらに枢機卿、そしてアルバーノの司教となったボナヴェントゥラは、1274年にはトマス・アクィナスと共に第2リヨン公会議に招聘されます。この会議では十字軍の派遣、正教会との和解、教皇選挙(コンクラーヴェ)制度の見直しが話し合われました。彼はこの会議で活躍しますが、そのまま同地で死去しました。

ボナヴェントゥラは同時代の人々から「熾天使的博士」(Doctor Seraphicus)と称され、1482年に聖人となり、1587年には教会博士にあげられます。

彼の著作集の中の『大伝記』にはアッシジのフランチェスコ伝も含まれています。聖フランチェスコの一生を知る重要な文書です。
ちなみに13世紀の詩人ダンテはその神学思想をトマス・アクィナスから最も多く受けていますが、代表作品「神曲」の天国編の中でボナヴェントゥラが出てきます。

こちらの絵ではイエスの聖心(せいしん・みこころ)に見とれるボナヴェントゥラが描かれています。背景にはチヴィタの町も見えます。
ボナヴェントゥラ
イエス・キリストの人類に対する愛の象徴である心臓を崇拝する「聖心」、その信仰に関する最古の記述や最初の提唱者はわかっていないのですが、『ヴィティス・ミスティカ』(現在ではボナヴェントゥラの著書とされています)には、聖心に触れた記述があります。

ボナヴェントゥラの思想の特徴は、神秘主義的でプラトン的思考スタイルです。純粋知性よりも生の力や愛情といったもののほうを重視します。
しかしボナヴェントゥラが扱ったプラトンは原典に依るものではなく、アウグスティヌス理解によるプラトンでした。アウグスティヌスとプラトンの関係に関しては以前のエントリーで書きましたね。「イデアが自然物の中には存在しないが、実体はイデア(創造者たる神の御心)にそってつくられている」という考えです。

参照  坂口ふみ、『天使とボナベントゥラ ヨーロッパ13世紀の思想劇』、岩波書店、2009年
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。