フィレンツェの百合は11世紀から

フィレンツェ市
05 /14 2015
さて前回の日記に書きましたフィレンツェ共和国の百合の紋章(実際にはアイリス)ですが、フィレンツェのシンボルとして、いつの頃から使っているのでしょう?
マルゾッコ
「Giglio 百合」がフィレンツェのシンボルとなったのは、11世紀からです。
そして当時は現在の白地に赤い花ではなく、色が反転した「赤地に白い花」でした。

紋章として使われるようになった理由は明らかであはりませんが、いくつかの言い伝えがあります。

(1)古代ローマ人が紀元前59年にフィレンツェの町(当時はFlorentia)を建設したのが、春の祭りの時期であった。古代ローマでは4月28日〜5月3日に花の神フローラの栄光を讃えるお祝いをしていた。フィレンツェの周辺に咲く花の中から、次第にアイリスが使われるようになった。

(2)フィエーゾレ占拠闘争の間に死んだ古代ローマの執政官フィオリーノの名前から来ている。

(3)白い百合は聖母マリアのシンボルであることから、9世紀頃からのマリア信仰の結果、町のシンボルになった。

第一回十字軍(1096〜1099年)頃から、フィレンツェのシンボルとして使われていました。

そして色が反転して、赤い花となったのは1251年です。
ギッベリーニ派とグエルフィ派の抗争において、フィレンツェから追放されたギッベリーニ派が白い百合を自分たちの旗として使い続けたので、町を占拠したグエルフィ派は敵との区別をはっきりするために、シンボルの花と地の色を反転させたのです。それが今日まで残っている町のシンボルです。

ヴェッキオ宮殿の上部にはギッベリーニとグエルフィ両方の紋章が入っています。
ヴェッキオ宮殿

ちなみに翌年の1252年には、百合の紋章を刻印したフィオリーノ通貨が初めて鋳造されました。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。