ドナテッロとミケランジェロを繋ぐ芸術家 ベルトルド・ディ・ジョヴァンニ

フィレンツェ市
05 /14 2015
フィレンツェルネッサンス初期の代表的な彫刻家はドナテッロ。
フィレンツェルネッサンス盛期の代表的な彫刻家はミケランジェロ。

ドナテッロが亡くなったのが1466年、それから9年後の1475年に、ミケランジェロが生まれます。
ですからこの2人の芸術家には直接的な繋がりはありません。

この重要な2人の彫刻家の繋ぐ芸術家、それがベルトルド・ディ・ジョヴァンニでした。
ベルトルドは彫刻家であり、メダル制作者でもあります。
そしてドナテッロの弟子で、ミケランジェロの2番目の師匠だったのです。

ベルトルドは長い間ドナテッロの工房で制作活動に携わり、師匠の後期の代表的作品であるサンロレンツォ教会の説教壇の制作においては、協力者でもありました。
ブロンズ作品は得意であったことから、メダル彫刻師になり、1496年の頃には、ピサ大司教やハプスブルク家の依頼でメダルを制作しています。

またメディチ家のロレンツォ豪華王からも高く評価され、しばしば温泉旅行などの遠出に彼を連れていきました。ベルトルドはロレンツォのために多くの作品を制作し、一部はエステ家の結婚式の際に贈り物として使われました。
メディチリッカルディ宮殿中庭の円形装飾もベルトルドの作品。
ベルトルド2

1478年のパッツィ家の陰謀事件後に、裏表にロレンツォと陰謀事件で暗殺された弟ジュリアーノ肖像をいれたメダルを制作します。
ベルトルド1

古代作品にも詳しかったことから、1488年にロレンツォが収集したローマ古代作品の修復と保存の役割を任されます。当時、これらの作品はサンマルコの庭に置かれていました。

ロレンツォ自身が、ベルトルドの管理下に、この庭にフィレンツェの若い芸術家たちが集い学ぶことを希望します。こうしてヨーロッパの最初の美術アカデミーが生まれたのです。ここからルネッサンスを代表する芸術家たちが生まれます。
ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ヤコポ・サンソヴィーノ、バッチョ・ダ・モンテルーポ、ジョヴァンニ・フランチェスコ・ルスティチ、フランチェスコ・グラナッチ、ピエトロ・トッリジャーノ…

ギルランダイオの工房を辞めたミケランジェロが、このサンマルコの庭で古代彫刻を学んでいた時に、ロレンツォ豪華王に才能を認められたのは有名なエピソードですね。

ベルトルド自身はドナテッロから「スティアッチャータ」と呼ばれる薄い浮き彫りの技術を習得し、これから学んだミケランジェロがその技術を用いて「階段の聖母」を制作したとされます。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。