ボローニャの紋章

エミリアロマーニャ州
07 /16 2015
ボローニャ市のシンボルは、上にライオンの頭、その下の部分は4つに分かれていて、そのうち2つには青地に金で「Libertas(自由)」と書かれ、残りの2つには銀地に赤の十字架があります。
リベルタスは人民のシンボルで、十字架の部分は自治都市のシンボルなのです。
ボローニャ紋章

銀地(あるいは白地)に赤い十字架
1259年の時代からこのコムーネ(自治都市)のシンボルの記録が残っています。
伝説によれば、これは第一次十字軍に参加したボローニャ軍の旗に使われていたものでした。ゴフレッド王とともに聖地に残ったロドヴィーコ・ビアンケッティがこの旗をボローニャに届けるように、タルタロという人物に託したとされます。

また他の伝説では、ボローニャも一角を担っていた対神聖ローマ帝国のロンバルディア同盟のシンボルが起源とされます。

しかし両説ともに確かな記録はなく、特に前者は第一次十字軍の時代にはまだボローニャは封建領主の支配下にあり、自治都市ではなかったことから、伝説の域を出ません。

いずれにしてもボローニャ軍の紋章が市の紋章になったと考えられています。
またグエルフィとギベッリーニの闘争時代に、グエルフィ派であったアンジョ家の百合の紋章が添えられるようになりました。

青地にLibertas
14世紀にはもう一つの青地の部分が出現します。正確には1376年です。
これはボローニャがグリエルモ・ディ・ノエレット司教に反抗し、ロンバルディア同盟に加盟したのを機会に、フィレンツェ共和国がボローニャに対して侵略を試みました。この時に解放軍が使ったシンボルがこちらだったのです。

15世紀には両方のシンボルが市の紋章として使われ、組み合わされるようになっていきます。この頃、町で鋳造された通貨にもこの2つのシンボルが刻まれていました。
そして時代を経て改変されていき、上部にライオンの頭が挿入されるようになったのです(16世紀)

参照 Giorgio Cencetti, Lo stemma di Bologna, Bologna - Rivista del comune, numero 5, anno XV, maggio 1937
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。