ボローニャの2本の斜塔

エミリアロマーニャ州
07 /18 2015
ボローニャ市のシンボルでもある、2本の斜塔。
この塔に関しては、「神曲」の作者ダンテも作品の中で描写しています。

塔の名前はアジネッリとガリセンダ。
それぞれ1109年と1119年に塔を建設したファミリーの名前からきているとされていますが、正確な記録は残っていません。
ボローニャ市の斜塔

アジネッリは当初はもっと高かったとされ、塔の現在の頂上は1488年に塔を低くしたときに造りなおされたものです。
現在は97,2mですが、以前はこれより20〜25mも高かったとか…
今でもイタリアで一番高い斜塔です!
ボローニャ政府はアジネッリを14世紀から所有していて、牢屋や要塞として使っていました。この頃には木製の橋によって、隣のガリセンダの塔と繋がっていました。地上30mの高さにこの橋はあったそうです。
この橋はミラノ公ヴィスコンティが騒然としていたメルカートの様子を見張るためでした。ここで反乱が起きた時に速やかに介入する必要があったのです。この時期、ペポーリ家の没落によりボローニャの実権を握ったヴィスコンティ家は市民に嫌われていました。

19世紀にはアジネッリに雷が落ちて、大きな被害をもたらしました。この時から避雷針が備え付けられます。
ちなみにそれ以前にも12世紀と14世紀に雷が塔を直撃した記録が残っています。

また、この塔で17世紀に科学者ジョヴァンニ・バッティスタ・リッチョーリが自由落下する物体の加速度を求める実験を、18世紀にはジョヴァンニ・バッティスタ・グリエルミニが地球自転の証明実験を行いました。


低いほうの塔ガリセンダは現在48mの高さで、アジネッリよりも傾いています。その傾斜は3,2m。
最初は60mの高さがありましたが、14世紀の地震が原因で崩壊の危険にさらされ、上部が取り壊されました。

15世紀からガリセンダは織物組合が所有し、19世紀にボローニャ市に所有が移るまで、同組合が使っていました。

参照 Le torri di Bologna 1989, Edizioni Grafis, Bologna;
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。