巨大な未完ファサード

エミリアロマーニャ州
07 /24 2015
ボローニャのサン・ペトローニオ教会のファサードは未完のままの姿です。
幅60m、高さ51mの巨大なファサードは、下部は大理石の化粧板装飾が施されていますが、上部は本体の壁がむき出しのまま残っています。
未完ファサード

フィレンツェですと、サン・ロレンツォ教会のファサードが全体的に化粧板がないむき出しの様子で、反対にドゥオーモやサンタ・クローチェ教会は19世紀に本体完成からかなり遅れて化粧板装飾がされています。
サン・ペトローニオ教会では、この2つのフェーズを同時に見ることができるのです。

サン・ペトローニオ教会のファサード化粧板は、14世紀から16世紀始めまでかけて制作され、未完上部はレンガがギザギザ(切り込面)の状態で組まれていますが、これは化粧板を固定するための構造です。

下部の後期ゴシック様式の装飾を行ったのはアントニオ・ディ・ヴィンチェンツォで、白い石はイストリア産、ピンク色の石はヴェローナ産のものを使ってあります。

中央の扉は、前回の日記で書きましたように、シエナの芸術家ヤコポ・デッラ・クエルチャの作品で、一部未完成となっています。左右の扉に比べると、扉上部の来るはずのクスピデ(尖塔状の飾り)がついていません。

左右の扉は16世紀にエルコレ・セッカデナーリがデザインし、数人の芸術家によって制作されました。
柱には新約聖書の題材が扱われ、左のルネッタ(半円形)にはイエスの復活が、右のルネッタにはイエスの十字架降下の場面があります。

16世紀にはファサード完成のために様々なプランがありましたが、いずれもヴィンチェンツォのベースにいくつかの建築要素を挿入していく計画でした。これらの設計図はペトローニオ美術館に残されています。
結局、未完のままとなった原因には、財政的な問題がありました。また化粧板部分の下部はゴシックで上部はルネッサンス様式で造られていたため、スタイルの一貫性をどのようにするか解決策がなかったためとも言われます。

1830年にはフランスで中世文化遺産の修復を推進する運動が始まります。その主な推進者は建築家のウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュクでした。
この運動はヨーロッパ中に広まり、イタリアでもフィレンツェのドゥオーモやサンタ・クローチェ教会の未完ファサードに、新しいデザインの化粧板装飾が施されることになったのです。またミラノの大聖堂もこの時期に完成されました。

ボローニャでもこの「ネオ中世」の動きに乗り、1887年に聖堂のファサードのコンペティションが開催されます。
多くの参加者を得ましたが、この時もファサード完成は実現されませんでした。
20世紀にも、同じようにファサードを完成させようという意見がありましたが、聖堂の本体、特に未完のままで残った後陣との釣り合いが取れないという理由で、未完のままとなっています。

参照 参照 AA.VV., Emilia-Romagna (Guida rossa), Touring Club Italiano, Milano 1998 ISBN 88-365-0440-X
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。