ボローニャのネプチューン

エミリアロマーニャ州
07 /29 2015
ボローニャのネプチューンの噴水は、町の中心マッジョーレ広場に接したネプチューン広場にあります。
その大きさからボローニャ人はこの像のことを「イル・ジガンテ(巨人)」と呼んでいます。
ネプチューン1
像はボローニャと関係のあった枢機卿カルロ・ボッローメオによって、チェーズィ司教の援助を得て、マッジョーレ広場付近に設置することを推進しました。
ボッローメオの母方の叔父が、新しく法王ピオ4世として選出され、その統治のシンボルとして作られた像です。

1563年にトンマーゾ・ラウレーティによってプランされ、ネプチューン像はフランドル地方の芸術家Jean de Boulogne(イタリア語名 ジャンボローニャ)に依頼されました。
ジャンボローニャはフィレンツェのシニョーリア広場に設置されるネプチューン像のコンクールに破れた後、ボローニャにてこの作品を作ったのです。彼にとってはリベンジだったのですね。

この区域にあった家や工房を取り壊して、噴水を設置するための空間が用意されました。
ネプチューンが設置されたポイントは、もともと古代ローマのカルドとデクマヌスが交差する地点でした。
(古代ローマの都市で中央を通る南北の主要道路がカルド、東西の主要道路をデクマヌス)

噴水には90もの水の噴出口があります。水はルネッサンス時代の装飾が残る「Bagni di Mario マリオの浴槽」と呼ばれる地下貯水槽から引いてきています。

ボローニャ人の間に伝わるエピソードでは、
ジャンボローニャはネプチューンのペニスをもっと大きく作りたかったが、教会がそれを禁じた。しかし芸術家はそれでも諦めず、角度によってはネプチューンの左手親指が局部から直接出ているかのように見えるようにデザインした。
その角度は噴水周辺の石畳の中にある黒い石によって示されているそうです。その石は「pietra della vergogna 羞恥心の石」と呼ばれています。
ネプチューン2
当時、この作品を見たボローニャのご婦人方は裸体像を恥ずかしく思い、ネプチューンや台座に置かれているセイレンの像に洋服を着せることを提案しましたが、ボローニャ政府に聞き入れられなかったそうです。

また噴水の周りを時計と反対周りに2周すると幸運をもたらすとされていますが、これはジャンボローニャが作品の構想を練りながら、台座の周りを2周したと言われることから来ています。フィレンツェでの敗退を見返し、この噴水でジャンボローニャは成功を収めることが出来ました。

ちなみにネプチューンが手にする三又の鉾は車のメーカー、マセラティのシンボルとして使われています。マセラティはボローニャで創設されたのです。

参照 AA.VV., Emilia-Romagna (Guida rossa), Touring Club Italiano, Milano 1998 ISBN 88-365-0440-X
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。