夢の王子〜4〜 右手の祝福を与えられる者

シニョーリア広場地区
12 /04 2015
フィレンツェの市庁舎ヴェッキオ宮殿にて行われているタペストリー展「Il principe dei sogni(夢の王子)」(期間2015年9月16日〜2016年2月15日)をご紹介する第4弾です。
principe del s12
タペストリーの原画を担当したのは、フィレンツェの一線で活躍していた芸術家たちです。

アニョロ・ブロンズィーノは1500年半ばにヴァザーリの取って代わられるまで、コジモ1世とその宮廷のオフィシャルな画家でした。それはコジモ1世の妻エレオノーラの個人礼拝堂を手がけたことからもわかります。

フランチェスコ・サルヴィアーティはヴェッキオ宮殿の謁見の間にフレスコ画を書くために1540年代にコジモ1世に呼ばれてきました。これはコジモ1世が臣民たちを迎えた大事な場所でした。このフレスコ画には彼がローマに滞在中に学んだ古代ローマのモニュメントが多く描かれています。またミケランジェロがシスティーナ礼拝堂に描いたフレスコ画から影響を受けています。

ポントルモは16世紀初めからメディチ家と深いつながりがあり、この支配者のために多くの肖像画を描いたり、ポッジョ・ア・カイアーノの別荘を装飾しました。

またタペストリー工房はコジモ1世によって創設されました。それまではタペストリーの中心生産地は北欧でしたが、フィレンツェに自立した生産拠点を確立させようとしたのです。そしてフランドルの熟練した技術者を二人、フィレンツェに呼び寄せます。それがヤン・ロストとニコラス・カルチャーです。
これらの計画にはコジモ1世のフィレンツェの毛織物業を補強するという意図があったのです。

またタペストリーのシリーズの物語は、旧約聖書のヨセフの一生が題材ですが、これは「英雄としての運命、神に選ばれた人間」に、メディチ家のフィレンツェからの追放から勝利的な復活を果たしたコジモを重ねる目的がありました。
持っている才能や価値を発揮させることによって、運命さえも逆転させることができる、というわけですね。
またコジモ1世は祖国の父コジモの弟の家系から出てきた人物ですが、長男でなかったにもかかわらず長男が受けるべき祝福を最終的に与えられたヨセフに、その姿を重ねているのかもしれません。

展示会の題名の「Il principe dei sogni(夢の王子)」は、物語の主人公、旧約聖書のヨセフが夢占いの才能に恵まれていたことから来ています。それではいよいよ彼の物語の終焉です。

「エジプトで再会したヤコブとヨセフ」
デザイン>アニョロ・ブロンズィーノ
制作  >ヤン・ロスト工房(1550-1553年)
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自分を罠に陥れた兄弟を許したヨセフは父親のヤコブと再会することができます。
赤い洋服を着ているのがヨセフ。彼に接吻しているのがヤコブで、右にはヤコブの末っ子のベンヤミンが立っています。

「ヤコブを王国に受け入れるファラオ」
デザイン>アニョロ・ブロンズィーノ
制作  >ヤン・ロスト工房(1553年)
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右上の一団の中で指を指しているがファラオで、その左にヨセフ、右にヤコブがいます。
また背景の樹木の後ろに小さく入っている人物の一人が神聖ローマ皇帝カール5世です。

「ヨセフの子供を祝福するヤコブ」
デザイン>アニョロ・ブロンズィーノ
制作  >ニコラス・カルチャー工房(1550-1553年)
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父ヤコブに死が迫ると、ヨセフは自分の子供たち(長男マナセ、次男エフライム)に彼から祝福を受けさせようと、父の寝台の傍に連れてきます。ヤコブが右手で長男を、左手で次男に祝福を与えられるように立たせたのに、ヤコブは両手を交差させて祝福を与え、次男の方が「その子孫は多くの国民となるだろう」と予言します。マナセはユダヤ教徒の、エフライムはキリスト教に改宗したユダヤ人の代表と解されています。
このタペストリーでもヤコブが手を交差させているのがわかります。

「ヤコブの埋葬」
デザイン>アニョロ・ブロンズィーノ
制作  >ヤン・ロスト工房(1553年)
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中世の教会はヨセフの一生を、キリストの生涯の予型としました。なのでヨセフはキリスト教美術の中で重要な位置を占めているのです。
そういえばサン・ジョヴァンニ洗礼堂にも、旧約聖書、新約聖書、洗礼者ヨハネの物語と並んで、ヨセフの物語がモザイクで表現されています。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。