200人広間

シニョーリア広場地区
12 /05 2015
今日はフィレンツェの市庁舎ヴェッキオ宮殿にて行われているタペストリー展「Il principe dei sogni(夢の王子)」(期間2015年9月16日〜2016年2月15日)に関連して、展示会場の200人広間について紹介したいと思います。

普段、ヴェッキオ宮殿の見学では500人広間の方は見ることができますが、200人広間は今までフィレンツェ市の会議場として使われていました。扉が開いていて、たまたま覗き込んで見たことはありますが、今回このような展示会場として一新されていました。もしかしてこれからも特別展の会場として使われるのでしょうか?それとも今回だけ特別?
sala200
ヴェッキオ宮殿のの最も古い14世紀建築の空間に位置していて、1411年から1450年の間、ここでフィレンツェ共和国の200人の議会が招集されていたので、このような名前となっています。その後、招集される人数が変わっても「200人議会」と呼ばれ続け、最後の議会はメディチ家のアレッサンドロによって選ばれた35歳以上の244人のメンバーによって構成されていました。

1537年にコジモ1世がトスカーナ大公を名乗り、それまで議会が保有していた決定権の大部分を自分の手に一元化します。またコジモは妻のエレオノーラと共にヴェッキオ宮殿に移り住みます。この時にヴェッキオ宮殿を改修させますが、その計画の一端が200人広間の壁を飾るタペストリーの制作だったのです。
当時はこの広間には入り口は一つだけで、ベネデットとジュリアーノ・ダ・マイアーノによって作られた格天井と、その下の帯状の装飾がありました。

200人広間は長い間、人をもてなす広間として使われてきましたが、1872年からは古い役割を復活させ市議会の集会の本部となりました。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。