サンマルコ美術館 フラ・バルトロメオの部屋

サンマルコ地区
01 /16 2016
バッチョ・デッラ・ポルタが僧として「フラ・バルトロメオ」の名を得たのは1500年の頃、25歳にてドメニコ修道会に入ることになったのです。
サン・マルコ修道院に住み、サヴォナローラから多大な影響を受けました。その心酔のほどは、宗教画だけを描くために異教的なテーマの自分の作品を全て破壊してしまうほどだったと言います。

サン・マルコ美術館の「フラ・バルトロメオの部屋」は、その昔は洗面台と繋がっていて、調理室がありました。

大きなルネッタの「最後の審判」(1499)はサンタ・マリア・ヌオーヴァ病院から運ばれてきたものです。
バルトロメオ
1871年に壁から剥がされて風化が激しい作品ですが、ラファエッロがこの作品を研究したことで知られています。

元は病院附属の墓地にある礼拝堂のために注文されました。バルトロメオは上部を描いた段階で、ドメニコ修道院に入ります。
そこでバルトロメオの工房の同僚であったアルベルティネッリが、すでにバルトロメオが描いていたカルトーネを元に作品を完成させました。

上部ではアーモンド型の光の中に審判を下すキリストがいます。このキリストのポーズは、この場面によく使われていた典型的なものです。周辺にはケルビムとセラフィムの上級天使が、また真下には受難の象徴を持った天使がいます。そしてその両側に黙示のラッパを鳴らす天使たちが見られます。
そしてキリストの少し下の両側には聖母と使徒たちが並んでいます。

下段は半円形に人物たちが並んでいて、中央が大天使ミカエルです。特にこの部分は識別が難しいですが、2枚のコピーが残っているため、場面には75人もの人物が描写されていることがわかっています。
この作品ではペルジーノの落ち着いた態度の人物像や、トルナブオーニ礼拝堂のギルランダイオの作品の「聖母の戴冠」からインスピレーションを得ています。
荘厳で壮大な雰囲気の作品で、これが若き友であるラッファエッロに影響を与えた点になります。

「シニョーリアの祭壇画」(1512年)はヴェッキオ宮殿の500人広間のために描かれた作品で、その後サン・ロレンツォ教会に移されました。明るい広い空間構成にヴェネツィア派の影響を見ることができます。
pala della signoria
もともとはピエロ・ソデリーニからフィリッピーノ・リッピに依頼された作品で、大評議会の間9現500人広間)の祭壇を飾るためでした。
ちょうどレオナルドとミケランジェロがそれぞれこの広間の壁に「アンギアーリの戦い」と「カッシナの戦い」を描くように依頼されていた時期です。

しかし1504年にこの作品は手つかずの状態で、フィリッピーノが亡くなります。そこで改めて作品の依頼がバルトロメオに回ったのです。
フィレンツェ共和政府に敗北とメディチの復帰により作品は中断されてしまい、広間も改築されることになります。
作品は色がない中断状況のまま、サン・ロレンツォ教会に展示されます。
中央に聖母子、その後ろに聖アンナが上部の三位一体を見上げてます。天使が支えるの本の両ページにはαとωが描かれていたのかもしれません。
周囲には聖人たちが並んでいて、特に王座の近くには聖レパラータと聖ジョヴァンニーノがいます。

この部屋に展示されている他の小作品は次のものです。
「十字架を運ぶキリスト」板絵
「サヴォナローラの肖像画」.
「マグダラのマリア」「サンタ・カテリーナ」「エッケホモ」瓦の上に描かれた肖像でフィエーゾレの修道院から運ばれてきたものです。

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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。