マンネッリの塔

アルノ河南地区
02 /15 2016
貴金属店が並ぶフィレンツェのヴェッキオ橋。
「マンネッリの塔」はヴェッキオ橋のたもと、バルディ通りの角にあります。
MANNELLI
その昔、ヴェッキオ橋には4隅にこのような塔が建っていたのですが、その生き残りが「マンネッリの塔」です。
橋のたもとの塔は「capi di ponte 橋の頭」と呼ばれていました。町への入り口をチェックする重要な建築物でした。

マンネッリの家系はかなり古いもので、古代ローマから続くとされています。
中世の時代に彼らはギッベリーニ派(神聖ローマ皇帝派)であったため、ベンヴェヌートの戦いの敗戦により、フィレンツェの町から追放されてしまいます。その後、名前を「Pontigiani(ponteは橋という意味)」と変え、グエルフィ党(法王派)に忠誠を誓って町への帰還を許されました。
この塔の最も古い記録は1249年までさかのぼることができます。

16世紀にメディチ家のコジモ1世が橋の上に「ヴァザーリの回廊」の建設を命じた時、マンネッリの塔は破壊されることになります。ところがマンネッリ家が抵抗したため、建築家のヴァザーリは計画を変更し、廊下は塔の周辺を回り込む形となりました。
第二次世界大戦に被害を受けたものの、完全な破壊は逃れ、修復されました。今も底を灰色砂岩の持ち出しで支えられた回廊が塔を回り込んでいる様子を見ることができます。
塔は1901年から国の所有となっています。

参照 REPERTORIO DELLE ARCHITETTURE CIVILI DI FIRENZE
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。