メディチのアリアドネー

シニョーリア広場地区
02 /22 2016
ウッフィツィ美術館に「眠れるアリアドネー」の像が220年ぶりに戻ってきて、2012年12月17日より「ミケランジェロの部屋」に展示された時のことを、以前の日記で書きました。
アリアンナ
同僚のガイドから、あのアリアドネー(イタリア語 アリアンナ)は「胸の部分だけオリジナルですよね?」と聞かれたので、ちょっと調べてみました。

◉重さは2トンの「眠れるアリアドネー」は紀元前3世紀のヘレニズム時代の作品をローマ帝国時代にコピーしたもの
◉クレタ島のミノス王の娘アリアドネーはテセウスに恋をし、彼がミノタウロスを倒して迷宮から脱出するのを助けましたが、テセウスはナクソス島でアリアドネーが眠っている間に彼女を置き去りにします。酒の神バッコスがアリアドネーを救い出します。

1527年
イッポリート・デステ枢機卿がクイリナーレの庭を飾るために買い求めます。それまでデル・ブーファロ庭園にて、眠るニンフの像として設置されていました。その年に枢機卿がなくなったため、所有はフェルディナンド・デ・メディチ枢機卿(のちのトスカーナ大公フェルディナンド1世)に移り、ローマのメディチ別荘に置かれます。

◉グランドツアー(17-18世紀イギリスの裕福な貴族の子弟が、その学業の終了時に行った大規模な国外旅行)にて重要な見学ポイントとして、多くの著名人を引き寄せます。
◉「死せるクレオパトラ」と間違って解釈されていた時代もありました。
◉ベラスケスがこの作品に捧げるオマージュとして、ピンチョの丘の別荘に彫像がある様子を描きました。

1787年 フィレンツェに移設。この時まで頭は15世紀のものが取り付けられていましたが、ヴァチカンにある古い作例に倣った頭部にすげ替えられました。

1790年 ウッフィツィ内部に展示

1794年 ウッフィツィから取り除かれます。他の古代作品に比べて修復されすぎているというのが理由だったそうです。

ポッジョインペリアーレ別荘→ピッティ宮殿→考古学博物館→クロチェッタ宮殿と設置場所が変わります。

2012年 ウッフィツィ美術館の、修復が終わり新しくミケランジェロの部屋となった第35室に展示されることになりました。

この資料では胸だけがオリジナルということは書かれていませんでしたが、時代を経て多くの修復がされてきたということがわかりました。

参照 Firenze today
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。