聖遺物 reliquia

ちょっとかじる歴史の話
02 /29 2016
前回の日記でメディチ家礼拝堂に保存されている聖遺物の歴史について触れました。聖遺物に関してもうちょっと詳しく見ていきましょう。

聖遺物(伊語 reliquia レリークイア)は、特にキリスト教の宗教的重要人物に関連した物で、これらは聖なる場所に保存され信仰されています。

イエス・キリストや聖母マリアの遺品
キリストの受難にかかわるもの
また諸聖人の遺骸や遺品


イエスが磔刑にあった十字架の木片
reliquia1

聖人の骨
reliquia2

聖人の骨を祀った教会は数多くあり、また聖遺物にまつわる祝祭が保存されている土地にとって重要なイベントとなっています。
聖遺物への信仰はどのように広まり深まっていったのでしょうか?

2世紀
ローマ帝国におけるキリスト教の迫害で命を落とした殉教者の遺体を信徒が手厚く葬り、殉教者の遺体を中心に聖堂が建立されるようになります。2世紀のポリカールポ(ギリシャ語由来で意味は「実り豊かな」初期キリスト教徒の間で広まった男性の名)の殉教からこのような信仰の形が始まります。

4世紀
キリスト教がローマ帝国の国教となり、「聖人」の称号が登場します。
殉教者だけではなく、聖人司教や苦行者、奇跡を起こした人物へと信仰の範囲が広がります。
聖遺物に神への取り次ぎ(日々の願掛け、治癒の奇跡)を求めるようになります。

8世紀
祭儀「聖体拝領」を執り行う主祭壇の下には、聖人の遺体か、その一部が埋葬されていなくてはならないと定められます。つまり聖堂を建てるときには聖遺物の入手する必要ができます。
殉教者の墓は掘り起こされ、バラバラになった骨は売り買いの品となります(中には本物ではない聖遺物も含まれていました)

11〜13世紀
十字軍はコスタンティノーポリに保存されていた多くの聖遺物を西ヨーロッパに持ち込みます。

16世紀
聖遺物収集の熱の高まりにより、ローマのカタコンベの発掘が行われます。
トレント公会議にてカトリック教義における聖人と聖遺物の信仰について表明しました。

20世紀
1917年の教会法(codex iuris canonici)では、聖遺物が2つのカテゴリーに分けられます。
◉reliquie insigni(全身が一体のまま残されているもの、頭、腕、前腕、心臓、舌、手、脚、殉教の傷を受けた部分)は教会など公共の場所で祀られる聖遺物
◉reliquie non insigni 上記以外の聖遺物で、私有物として保存することができる聖遺物

1983年の教会法では、教皇座の許可なしのreliquie insigniの売買と移設が禁止されます。

参照 http://www.treccani.it/enciclopedia/reliquia/
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。