聖アントニーノの中庭

サンマルコ地区
03 /23 2016
フィレンツェのサン・マルコ美術館に入館すると、最初に出会う空間が「聖アントニーノの中庭」です。

1437年〜1444年にミケロッツォによって建築されました。
最初のフレスコ装飾はフラ・アンジェリコの作品だけで、『磔刑像を賞賛する聖ドメニコ」と5つのルネッタ(それぞれの部屋の入り口上部)でした。
この中庭の名前に「聖アントニーノ」の名前がついたのは、その後に22のルネッタに「聖アントニーノの物語と奇跡」が描かれてからです。

聖人アントニーノ・ピエロッツィは15世紀のフィレンツェの聖人司教です。同世紀中頃にこのサンマルコ教会の修道院長となり、その後にフィレンツェの大司教になりました。
ルネッタのフレスコ画は17世紀の作品です。17世紀初めにベルナルド・アレッサンドリーニ修道院長の提案で、修道院にゆかりのあるフィレンツェの貴族から寄付を募り、聖アントニーノの物語シリーズでルネッタを埋めていきました。それぞれの場面の下に寄進者の家紋が入っています。
cortile s. antonio2

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東の壁のベルナルド・ポッチェッティの作品から始まり、徐々に左右に広がっていきました。30年代の頃にはほぼ完成していたと考えられますが、フラ・アンジェリコの作品の周辺は空白のまま残されていました。
1629年にアンジェリコの磔刑図の横にチェッコ・ブラーヴォが「悲嘆する者たち」を描き、17世紀中頃にジョヴァンバッティスタ・ヴァンニが「美徳」「天使」「魚の内臓から見つかった鍵の奇跡」を、アンジェリコの小さなルネッタの横に描きます。
17世紀終わりには、ピエル・ダンディーニが北の壁の最後の2場面を描いて、壁は埋まりました。ちょうど同じ時期にペンナッキの丸い48の場面にドメニコ修道会の著名人物達が描かれます。フレスコ画の風化のため、このうち何人かは誰をあらわしているのか定かではありません。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。