トラズィメーノ湖畔の戦い

写真館
04 /22 2016
イタリア中部のウンブリア州には、イタリアで4番目に大きなトラズィメーノ湖があります。トラズィメーノ2

今は静かなこの湖畔で、古代ローマ帝国の運命を左右する大きな戦いがありました。
第二次ポエニ戦争です。古代ローマ帝国軍🆚ハンニバル将軍のカルタゴ軍
カルタゴは現在にチュニジアにあった古代都市国家。紀元前9世紀の頃に建国されたと言われます。
紀元前6世紀には西地中海の覇権を握り、アフリカ内陸、沿岸地域、サルデーニャ島、マルタ島、イベリア半島に植民都市を建設しました。
ポエニ戦争は紀元前3〜2世紀の約100年間に3回にわたって、古代ローマとの間で戦われました。
第二次ポエニ戦争ではハンニバル将軍が率いるカルタゴ軍がイベリア半島から、ローマ軍の意表をつくアルプス越えを行い、領地に侵入してきました。30頭もの巨象を連れての行軍でしたが、イタリアに着いた時には3頭に減っていたそうです。ハンニバルはこの後、イタリア半島の大部分を侵略していきます。
北イタリアで地盤を固めたハンニバルはアペニン山脈を超えて、フィレンツェ→ペルージャへと南下。
ローマ軍はアレッツォからカルタゴ軍を追います。二つの軍でカルタゴ軍を挟み撃ちにしようと計画しましたが、ハンニバルはそれぞれ個別に撃破する手段に出ます。
湖畔の高速道路を走っていると、丘陵地帯が次々に出てきますが、この丘陵の陰に隠れるようにそれぞれの部隊を配置したのです。
トラズィメーノ湖畔の戦いの日は濃霧が出て、ローマ軍は接触までカルタゴ軍に気がつかなかったそうです。奇襲されたローマ軍は崩れ、戦いはわずか3時間で終了。カルタゴ軍の大勝利でした。
この後、南イタリアのカンナエの戦いでも、ハンニバルは倍の数を誇るローマ軍を敗退に追い込み、ローマは危うく滅亡の危機まで追い込まれます。
その後ヒスパニアでローマが巻き返し、スキピオの功績でローマ軍が反撃。両国間に停戦協定が結ばれました。
50年後に行われた第3次ポエニ戦争は、ローマ帝国の勝利でカルタゴは完全に滅亡します。これによってローマはカルタゴに代わって地中海での覇権を握ったのです。
トラズィメーノ湖のほとりを車で走りながら、そんな古代の歴史をちょっと思い返してみましょう。


参照 塩野七生「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」新潮社

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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。