サン・マリーノのプブリコ宮殿

エミリアロマーニャ州
05 /01 2016
プブリコ宮殿と言えば、シエナがすぐに頭に浮かびますが、プブリコ(おおやけの)という意味からも想像できるように、国(あるいは自治都市)の政府の建物と指し示す名前です。

サン・マリーノ共和国の首都、ティターノ山のサン・マリーノ市にある、国の政治機能を集めたプブリコ宮殿。
プブリコ宮殿
古い宮殿la Domus Magna Comunisは同じ場所に14世紀に建てられました。多くの修復を経てきましたが、19世紀に取り壊されます。

新しいプブリコ宮殿は1884〜1894年にかけて建築されました。ローマの建築家フランチェスコ・アッズーリの手によります。13〜14世紀ごろの建築のスタイルを採用しています。

建築自体は地元の職人を使いましたが、装飾は外国人に依頼されます。

ファサードは3つのアーチによって支えられ、聳え立つ時計の塔が特徴です。
ファサード右には町の建設者聖人マリーノの像があります。19世紀のジュリオ・タドリーニの作品です。
時計塔にはモザイクで「聖レオ」「聖アガタ」「聖マリーノ」が表現されています。
狭間胸壁の凸部はグエルフィ式です。

中央部についているバルコニーから年に2回、選ばれた執政の名前が発表されます。

宮殿前の広場の「自由の像」には、トスカーナのカッラーラ山から採れた大理石を使ってあります。
自由の女神
これはベルリンのワーグナー伯爵夫人がサンマリーノの一部アクアヴィーヴァのカステッロ(コムーネ)の伯爵夫人になったのを記念して寄贈したものです。ステファノ・ガッレッティの作品。
よく見ると冠はサン・マリーノの3つの砦を形作ったものになっています。

彼女の姿はサン・マリーノの2セントコインに刻まれています。

参照 Il turismo nei piccoli borghi. Fra cultura e ri-definizione dell'identità urbana: il caso di San Marino, San Marino, Centro Studi Storici Sammarinesi, 2010
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。