ギリシャのポートレート

シニョーリア広場地区
05 /24 2016
ウッフィツィ美術館の修復が終わった部屋で、胸像がずらりと並んでいる場所があります。
grecia
これらのトスカーナ大公の彫像コレクションは多数に上ります。哲学者、競技者、雄弁家を扱った胸像で、古代ローマ共和政時代や帝政時代に古代ギリシャの彫像のレプリカを製作していったものです。
コレクションは18世紀終わりには「著名人物の閲覧室」を構成することになりました。しかし20世紀にはコレクションはバラバラにされ、別々の場所に展示されることになります。

この部屋にはその「閲覧室」に並んでいた大理石作品を見ることができます。
ギリシャ美術において、少しずつ容貌をリアリスティックに表現する傾向へと移っていったことがわかります。
すでに紀元前5世紀には「理想形」から離れ、実在する人物から細かい特徴を再現していく方向転換が図られていたのです。そして人物の精神的な状態まで表現しようと試みました。

ローマ帝国時代には、悲劇作家、詩人、哲学者、歴史学者などの像が、しばしばヘルメス柱像(頭像や胸像を上部に付けた四面の柱体の記念碑)として製作されました。このような像には人物の名前も刻まれています。
そして公共の空間だけではなく、プライベートな空間を飾り、持ち主の文化的教養を表す鏡となったのです。
大理石作品の製作は紀元前1世紀の頃から「botteghe neoattiche」と呼ばれる彫刻工房に任され、古代有名作品のレプリカを作っていきます。

また浮き彫りのプレートは邸宅の壁を豪華に飾り付け、紀元前5世紀ぐらいの図像を原型に作られていきました。
部屋にはギリシャ語の碑文が刻まれた石碑、境界標識も展示されています。
ローマ帝国の初期、ローマが外国文化の大きな影響を受けていた証でもあります。

Neoatticismo
紀元前2世紀〜紀元2世紀にわたる彫刻の発達過程。ギリシャの文化を通して、西ヨーロッパに「新アテネ風」彫刻の生産が普及します。主要な顧客はローマ人でした。これが次世代の芸術のベースになります。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。