フィレンツェ最初の騎馬像

ドゥオーモ地区
06 /19 2016
2015年にリニューアルオープンしたフィレンツェの大聖堂付属美術館。
ウッフィツィについでフィレンツェで最も大きな面積を持った美術館となりました。
新しい展示室、展示物を見ていく第13弾です。

大聖堂の内部にあった絵画や彫刻に関する展示室は4つあります。
そのうち「身廊の間」には、板絵やフレスコ画の破片、彫刻作品などが並んでいます。

その中でもひときわ目立つのが14世紀の「ピエトロ・ファルネーゼのモニュメントの一部」です。
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なんと昔はドゥオーモの内部、「鐘楼の扉」の上に設置されていたとか。
こんな大きなものが扉の上にあったなんて、想像がつきません。
オリジナルのモニュメントの様子が、後ろの壁にイラストで展示されてますね。

傭兵隊長であったピエトロ・ファルネーゼの墓碑で、下部の石碑はローマ帝国の石棺(紀元2世紀)を利用しています。
ぐるりと石棺の周りを一周すると、片側にはローマ帝国時代の浮き彫りが残り、反対側には中世の時代に彫られた紋章があります。
ローマ帝国時代の石棺は壁に接して設置されたため、裏側には何も彫られていませんでした。その部分に中世に紋章を追加したのです。
1936年にモニュメントを扉の上から移設するときになって、ローマ帝国時代の石棺のリサイクル品であることが判明したそうです。

ピエトロはローマ法王の元で働いていた傭兵隊長で、対ピサ戦のためにフィレンツェ軍に参加しました。
彼が1363年にフィレンツェで亡くなったときに、ドゥオーモの中に埋葬される栄光を得たのです。
かつて石棺の蓋の上に設置されていた(イラストにあるように)騎馬像は、ブロンズでも大理石でもなく、木と張子素材でできていたそうです。これは1841年に撤去されました。
この騎馬像がフィレンツェの歴史で、最初に作られた騎馬像でした。
この後、15世紀にはドゥオーモの内部に二人の傭兵隊長の騎馬像がフレスコ画で製作されます。
そして16世紀には町の広場にコジモ1世やフェルディナント1世といったメディチ家の人物の騎馬像が設置されます。

ファルネーゼの墓碑は、ヴァザーリによれば金色に彩色され、18世紀の記録では像の背後の壁には青地に黄色の百合が入った天蓋が描かれていたそうです。今とは違った姿だったのですね。

参照 Il nuovo museo dell'opera del Duomo , Timothy Verdon, Mandragola, ISBAN978-88-7461-267-3
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。