エトルリアの陶器「ブッケロ」

フィレンツェ市
06 /28 2016
フィエーゾレの市立美術館には1985年にアルフィエーリ・コスタンティーニ教授が寄付したコレクションが展示されています。コレクションにはギリシャ、マグナ・グラキエア(古代ギリシア人が植民した南イタリアおよびシチリア島一帯)、エトルリアの陶器が含まれています。教授が長年にわたってアンティーク市や競売所で入手してきたものです。

今日はエトルリアの陶器「ブッケロ」について書きたいと思います。
ブッケロ
ブッケロは黒く光沢のある、薄くて軽い陶器で、紀元前7世紀〜紀元前5世紀の頃にエトルリア民族が生産し、使われていました。

陶器は形成された後、乾燥させ、酸素の全くない釜で焼きます。粘土の中の酸化第二鉄(赤色)が酸化第一鉄(黒色)に変化することによって、陶器の黒い色を得ることができます。
こうして他のテッラコッタとは全く違う陶器ができるのです。

紀元前7世紀初め
まだブッケロ生産の技術が確立されていなかったため、暗褐色、灰色でした。

紀元前7世紀
カエーレ(ローマ県)にて精密なブッケロが生産されます。おそらく1つの工房が生産していたと考えられます。光沢のある深い黒色で、厚さは薄いものでした。

紀元前650頃
ブッケロの生産がヴェイオ、タルクイーニア、ヴルチなど他の町にも普及します。

紀元前6世紀〜紀元前5世紀
中央〜北のエトルリアでは「bucchero pesante重いブッケロ」が生産されます。厚みがあり、装飾は浮き彫りか丸彫で施されました。同時に色は明るく、光沢のないものになっていきます。
カエーレはブッケロの生産地としてまだ有名でしたが、それでも初期の作品に比べると品質が劣化していきます。

◉紀元前7世紀〜紀元前6世紀に、ブッケロは地中海全域に輸出されていたそうです。

◉ブッケロの装飾は、浮き彫り、切り込み、型押しなどでされていました。動物や人間の模様がフリーズに繰り返されるモチーフです(紀元前7世紀ごろ)

◉杯の足の部分に丸彫を施すのはキウーズィやオルヴィエートで生産されていた「重いブッケロ」です(紀元前6〜紀元前5世紀)


参照 Mauro Cristofani, Dizionario illustrato della civiltà etrusca, Firenze, Giunti, 1999, pp. 45-48, ISBN 88-09-21728-4.
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。