クーポラのフレスコ画 謙遜の美徳と傲慢の地獄

フィレンツェ市
08 /23 2016
フィレンツェの大聖堂(ドゥオーモ)の丸屋根(クーポラ)内部に描かれたフレスコ画の詳細について、ご紹介する第6弾です。

今回は8角形のうち、西の部分を見ていきます。この部分はドゥオーモの身廊の中央部分にあたります。
affresco del d4
上部では二人の天使がサイコロと赤い服を持っていますが、これはキリストの受難の象徴です。兵士たちがこの服を奪い合い、サイコロで勝者を決めたとされます。

その下では天使の一群がいて、他の階級の天使に比べるとほとんどヌードのシンプルな様子です。彼らは人間に神のお告げを知らせる役割があります。3人の天使が中央で、上の世界に向けられた目(穴)を持った」本を支えています。他の場面と同じように「罪を払拭された意識」の象徴です。

中央は「神の民」と呼ばれる部分で、大聖堂の工事に関連した人物たちが並んでいます。

▲左側
ベネデット・ブズィーニ(大聖堂工事管理局の責任者)
ベルナルド・ヴェッキエッティ(画家ズッカリをフランチェスコ1世に紹介した人物)
ズッカリの父親(巡礼者の杖を持っています)
ズッカリの母親(顔だけで、黄色のベールを被っています)
ドメニコ・パッスィニャーノ(フレスコ画装飾におけるズッカリの協力者)

▲右側
フェデリコ・ズッカリ(ファルセットと呼ばれる中世から17世紀に使われたジャケットを着ています。その胸の部分には彼の名前が刻まれています)
ジョルジョ・ヴァザーリ(クーポラのフレスコの最初の製作者。トンカチを持っています)
ジャンボローニャ(彫刻家)
シモーネ・コルスィ(銀行家)
ヴェンチェンツォ・ボルギーニ(フレスコ画の意匠の発案者)

その下には3人の美徳の偶像です。
清貧の幸福
謙遜の美徳
神を畏れる心の恩恵


清貧は羽があり、王冠と真珠のネックレスを身につけ、片足を地球の上に置いています。
神を畏れる心の偶像は、美徳の偶像としては珍しく男性の姿をしています。
謙遜は対神徳でも枢要徳でもありませんが、モラル的な美徳としてとらえられています。手を合わせて祈っている彼女の足元には羊がいて、キリストの犠牲の象徴です。

その下は他の場面と同じように、下を向いた目を持つ本を支える2匹の怪物です。これは罪に濡れた意識のシンボルです。

最下辺には傲慢の大罪に支配された地獄です。傲慢は大罪の中でも最も悪いものとされています。傲慢は、最も美しい天使として創造されながらも神の一番の敵となったルシフェルの姿で表現されています。角を生やし、罪があるものを食べている様子は、サンジョヴァンニ洗礼堂の天井のモザイクのルシフェルに似通っています。

八角形の区画を時計回りに見ていくフレスコ画、次回は南西部分です。

参照 Gli aggreghi della Cupola di Santa Maria del Fiore, LIBRERIA EDITRICE FIORENTINA
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。