宮殿の菜園

シニョーリア広場地区
08 /28 2016
ヴェッキオ宮殿のサトゥルヌスのテラスに、2016年5月23日〜9月25日の期間、緑の空間ができています。
「un giardino in palazzo(邸宅の中の庭)」と名付けられたこの展示に関してお伝えする第2弾です。
verde in palazzo2

ヴェッキオ宮殿のサトゥルヌスのテラスにおいてorto pensile(階上テラスに設けた菜園)が生まれました。トスカーナ大公が新しい居住にorticini(小さな家庭菜園)を作りたいと望んだためです。石造りの要塞型の建築には庭を作る空間はありませんでしたが、庭は気晴らし、娯楽、空想に耽るのに重要な空間だったのです。

orto pensileは実はすでに、ラルガ通りのメディチ家宮殿に存在していました。
このメディチ宮殿には当初、最上階内側にロッジャがあり素晴らしい柑橘類の庭があったのです。これはメディチ宮殿に限ったことではなく、他のフィレンツェ貴族の邸宅でも同様でした。

gli orticini(小さな菜園)とは「何」だったのでしょう?
辞典を引いてもorto(菜園)の小さいサイズのものを表す言葉は、orticcoloか、orticelloとなっています。
orticiniは、小さいサイズの庭で、たとえそれが大きな植木鉢や(テッラコッタ、ブロンズなど)容器だけを使ったものでも呼ぶことができます。ここに植木や野菜を植えるのです。

自然の世界を愛し興味を持っていたコジモ1世と妻エレオノーラのドゥカーレ宮殿(現ヴェッキオ宮殿)には「菜園」は欠かせないものでした。大公は自然科学を研究し、トスカーナにおいて本格的な植物学のプロモーションを行っています。
1544年にはピサの研究所に有名なイタリア人植物学者ルカ・ギーニを招待し、センプリチ庭園(センプリチェはシンプルの意味になりますが、複数で薬草を表す言葉です)を実現します。そして学術的な教育を目指し、実験を行えるラボラトリーとなりました。
そしてギーニはさらに翌年フィレンツェに植物園を創設します。この植物園は現在もサンマルコ修道院の横に存在しています。

大公夫人はメディチの多くの宮殿、別荘の庭園を整えていきました。それが新しいピッティ宮殿の庭やヴェッキオ宮殿のロッジャだったのです。

ヴェッキオ宮殿やウッフィツィ美術館内部の装飾でも、世界中から集められた植物や果物の様子がフレスコ画で表現されていきます。

残念ながらヴェッキオ宮殿のorticiniは私たちの時代まで生き残ることはできませんでした。しかし多くの資料が残されており、ルネッサンス時代の「幾何学模様に整えられた庭園」をイメージすることができます。左右対称といった庭の様子を形成するのには植木鉢はたいそう役だったそうです。

参照 Un giardino in palazzo Gli orti pensili della Reggia mediceo MUS.E 特別展示パンフレット
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。