メディチの庭園を飾るのは…(1)

シニョーリア広場地区
08 /29 2016
ヴェッキオ宮殿のサトゥルヌスのテラスに、2016年5月23日〜9月25日の期間、緑の空間ができています。
「un giardino in palazzo(邸宅の中の庭)」と名付けられたこの展示に関してお伝えする第3弾です。

今日は実際にこの展示で見ることができる植物を見ていきます。
当時のメディチ家の庭園の様子を具体的に思い浮かべることできるのではないかな?と思います。

柑橘類
オレンジ、シトロン、レモン

遠くアジアからヨーロッパに柑橘類が導入されたのは古い歴史です。
ペルシャ人、ギリシャ人続いて古代ローマ人はすでにシトロンやレモンを知っていました。苦いオレンジ(ダイダイの実)は、10世紀にはアラブ人によってシチリア島に導入され、飾りであるのと同時に薬用になっていました。一方、甘いオレンジは14〜15世紀に入ってきます。
トスカーナではconcaと呼ばれる大きなテッラコッタ製の鉢で栽培され、寒い冬には鉢ごと屋内に移動されていました。これは今でも変わることがありません。ダイダイは冬の寒さにも強いので、壁近くに寄せて樹しょうで栽培されていました。
いつも緑の葉をつけ、花は香り高く、明るい色の果実をつける柑橘類を、メディチは特に愛したと言います。またその丸い実はメディチ家紋の丸い玉を想起させるものでもありました。
ルネッサンス時代のフィレンツェの貴族が、イタリア中に、またヨーロッパ中の宮廷にて柑橘類の栽培が流行るのに一役買ったのです。
エレオノーラは晩餐会に砂糖漬けのレモンの切り身を必ず所望したと言われます。
また夫のコジモ1世は多種の柑橘類を収集してメディチ家の別荘の庭に設置しました。その中でもカステッロ荘のコレクションは特筆すべきものです。
villa del castello


薔薇(ローゼ)
ダマスクローズ、ロザルバ、フレンチローズ

ローゼは古代から香水に、薬に、化粧品に使われてきました。また観賞用としても愛され、ポンペイのフレスコ画でも薔薇園を見ることができます。
当時のバラは現代のものに比べると香りはもっと強いものでしたが、ワンシーズンに一回しか花を開きませんでした。複数回開花する種類は、中国種のバラの交配の結果、18世紀に現れます。
そして19世紀に、コウシンバラのグループから現在見られるような形の薔薇が生み出されます。
ルネッサンス時代に普及していた薔薇は、Rosa albaと呼ばれる古代から見られるもので、白かピンクで花弁が幾重にも重なっていました。またRosa gallicaはピンクか真紅で古代ローマで普及した後に廃れ、十字軍によって再びヨーロッパにもたらされたものだったそうです。

ローゼは古代から「春」や、美しいが長続きしないもの「美しさ」「若さ」「愛」のシンボルとされていました。また愛の女神ヴィーナスの象徴であったものが、キリスト教世界ではユリとともにマリア様のシンボルの花とされます。
メディチ家の庭における薔薇の栽培は、絵画でも書面でも記録が残っています。

Rosa gallica(フレンチローズ)
フレンチローズ


香草
エストラゴン、フェンネル、ヤナギハッカ、ラヴェンダー、マジョラム、ミント、ギンバイカ、オレガノ、イタリアパセリ、ローズマリー、サルビア、ワタスギギク、セイボリー、タイム、イブキジャコウソウ

これらの強い臭いを発する植物の葉や花は古代から香水や薬や食品の保存に使われてきました。
その使用はルネッサンス時代も続き、また植物学でも多くの種類が記録されています。コジモ1世の治世では香草の使い方の研究が進められました。その記録はフィレンツェ大学の自然歴史博物館の植物学セクションに残っています。多くは薬品として使われましたが、中でもローズマリーに関しての記述はトスカーナ大公フェルディナンド1世の手紙の中にも見ることができます。
また幾つかの香草(タイム、サルビア)はヴェッキオ宮殿のコジモ1世の書斎の天井画にも描かれています。

次回に続きます!

参照 Un giardino in palazzo Gli orti pensili della Reggia mediceo MUS.E 特別展示パンフレット
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。