メディチの庭園を飾るのは…(2)

シニョーリア広場地区
08 /30 2016
ヴェッキオ宮殿のサトゥルヌスのテラスに、2016年5月23日〜9月25日の期間、緑の空間ができています。
「un giardino in palazzo(邸宅の中の庭)」と名付けられたこの展示に関してお伝えする第4弾です。
verde in palazzo1
実際にこの展示で見ることができる植物を見ていくと、当時のメディチ家の庭園の様子を具体的に思い浮かべることできます。

野菜
ニンニク、アスパラガス、アーティチョーク、キャベツ、チコリ、タマネギ、レタス、ホウレンソウ

ルネッサンス時代の庭の大部分には野菜が栽培されていました。果実のなる木、香草、野菜です。当時の野菜は現在の食卓に上がるもののとほとんど変わりがありません。
ニンニクとタマネギは、古代から食品とともに薬品として使用されていました。
キャベツは古代ギリシャやラテン圏で最も人気のあった野菜で、ルネッサンス時代も大いに普及していました。その種類も豊富なものでした。cavolo cappuccio, cavolo nero, verza, cavolo rapa, broccoliなどです。
そしてブロッコリから15世紀の頃にカリフラワーが生まれます。
アスパラガスは古代ローマで食されていたものの、中世には姿を消し、ルネッサンス時代に蘇りました。洗練された野菜として、宮廷に好まれて食べられていたようです。
同じようにアーティチョークは古代エトルリアで食されていたものが、3世紀頃には食卓から消え、アラブ人によってヨーロッパ大陸に再上陸します。1466年に銀行家フィリッポ・ストロッツィによりナポリからフィレンツェにもたらされました。そしてその栽培がイタリア全土、さらにヨーロッパ全体に普及していったのだそうです。


果実の生る木
マルメロ、リンゴ、ザクロ、洋梨、モモ

果実に生る木はpomario(果実園)で栽培されていました。メディチ家は果実の生る木もこのんで栽培し、別荘の庭やボーボリ庭園では小型のフルーツを生らせる木のコレクションをしていました。
フィレンツェ貴族たちもその収集に熱意を持っていましたが、科学的素養に溢れていることのシンボル的な意味合いがあったためです。
貧乏人は地下に育つ野菜を食べ、果実は上流階級の食品といった風習があったことも貴族の果実園造園の大きな理由です。
古代ギリシャや古代ローマの果実園は蛮族の侵入とともに廃れていましたが、修道僧の労働によって受け継がれ、ルネッサンス時代に再生して行ったのです。
特に普及していたのはリンゴで、アジアの方から導入されたと考えられていますが、塩味の料理にも用いられていました。洋梨は種類も多く、年間を通じて食すことのできるフルーツです。
マルメロ、リンゴ、洋梨の多くの種類は花が大きく飾り用に使われていたのですが、実は酸味が強いためにジャムなどにして食されることが多かったとか。
モモは古代ローマから知られていましたが、時に白い身のものが多く、やはりポンペイのフレスコ画に表現されています。
ザクロは原始時代からアジアと地中海地方で食されてきました。多くの赤い実は豊かさの、そして血と死のシンボルでもあります。こうして宗教画にもしばしば表現されてきました。


常緑樹
月桂樹、ツゲ

地中海沿岸の地域では多くの常緑樹が見られます。それはルネッサンスの庭園にも欠かせないものでした。メディチ家の庭園にも月桂樹の生垣を活かしてあります。
伐採によって形を整えることのできる常緑樹を使い、人工的に建築物のような立方体を植木で形成することができました。
古代ローマから知られていたtopiaria(装飾的な刈り込みのこと)という生垣の造成方法によって、アーチやラビリンス、他の形を形成して、時には緑の壁龕の中に彫刻を収めたりもしました。これらは鑑賞者の目を惹き楽しませてくれたのです。自然と人間の技術の邂逅、これがルネッサンス様式の庭園なのです。


花木
カーネーション、マルゲリータ、タチアオイ

16世紀後半から、新大陸の発見と貿易業の拡大によって、東洋やアメリカ大陸の花木が発見されます。オランダでは花木の交配が行われ、ヨーロッパ中に広まっていきます。
アネモネ、チューリップ、ヒヤシンス。これらが16世紀から貴族の庭園を縁取ります。
また静物画の中にも花の様子(主に儚さの象徴でした)が見られるようになり、バロック美術の特徴の一つとなります。
しかしコジモ1世とエレオノーラの時代は、未だその潮流は訪れていませんでした。交配されていない野生の花たちが彼らの庭園を飾っていたのです。マルゲリータ、スミレ、エニシダ、ローズ、ジャスミン、アイリスなど、古代からこの地方に見られる種類でした。
カーネーションもこの時代のものは小さな花で、花弁の数も少なかったのです。
タチアオイは貴族の庭を飾るのにふさわしいと16世紀の記述に見られます。現在はその当時に比べるとあまり普及していないようです。

参照 Un giardino in palazzo Gli orti pensili della Reggia mediceo MUS.E 特別展示パンフレット
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。