アンギアーリの町

アレッツォ県
09 /24 2016
レオナルド・ダ・ヴィンチがフィレンツェ共和国政府からの依頼で、ヴェッキオ宮殿の500人広間に描こうとした「アンギアーリの戦い」は激しい戦闘図でした。

その戦いの歴史的舞台であったアンギアーリは今は静かな田舎の町です。
人口6千人弱、丘の高台にある町の様子は、トスカーナやウンブリア地方によく見られる風景です。
アンギアーリの町をご紹介する第3弾の今回は、町の歴史とともに旧市街の様子をご紹介します。
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ヴァルティヴェリーナの谷を見下ろす丘の上に町はあります。
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ヴァルティヴェリーナ(テヴェレ川の谷)という名前の通り、谷に沿ってテヴェレ川が流れています。
ローマ帝国時代には農場があったと思われるこの土地に、7世紀にロンゴバルド族の城が建設されました。
11世紀にはアンギアーリの城、12世紀には修道院が築かれ、周囲に町が発展していきます。
アレッツォ、ペルージャ、フィレンツェなどの都市国家が、アンギアーリの支配権を代わる代わる握ります。
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1440年には、かの有名な「アンギアーリの戦い」の舞台となりました。
フィレンツェとその連合軍の勝利を記念して、戦いのあった場所で「パーリオ」が行われることになりました。
パーリオはシエナの競馬が有名ですが、様々なレースの勝利者に与えられる賞品のことを「パーリオ」と呼び、シエナだけではなく他の町でも伝統行事のパーリオが行われているのです。

町の中で道に祝宴の支度がされていました。シエナのパーリオの祝宴によく似ていますが、もしかしてアンギアーリのパーリオに関連が?
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アンギアーリの戦いの後、町の歴史はフィレンツェと深く繋がれます。
ナポレオン支配の後、リソルジメントの時代にアンギアーリの市民の一部がガリバルディに協力して戦うなど、イタリア統一運動でも活躍しました。
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現在、アンギアーリは「 Borghi più belli d'Italia イタリアの最も美しい村」というアソシエーションに属しています。
この民間団体は、歴史的な遺産や景観を有する小規模な自治体(コムーネ)や分離集落(フラツィオーネ)によって構成されています。主要な観光ルートから外れているために忘れられている小規模な村の保全・整備・再活性化を図るのが目的です。2001年の創立時には100の村で構成されていましたが、2016年には258村を数えるまでに成長しています。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。