ヴェッキオ橋の救世主

フィレンツェ市
10 /31 2016
10月26日にヴェッキオ宮殿の500人広間にて「Di pietra e d’oro 石と金の」という本のプレゼンテーションがありました。フィレンツェ大洪水50周年のイベントの一つです。

この本にはヴェッキオ橋の7世紀に渡る歴史について書かれています。
ヴェッキオ橋はローマ帝国時代に最初の橋が建設されましたが洪水で流されてしまい、現在の橋は1345年に架けられたものです。
16世紀に支配者メディチ家の廊下「ヴァザーリの回廊」が橋の上に並んでいた肉屋の上を通る形で建設されました。そこでメディチ家が肉屋の匂いが我慢できんと、肉屋を撤去させて代わりに貴金属店を入れたと言います。
ponte vecchio
本の「石と金の」というタイトルは、橋の上に今も並ぶ貴金属店を表しているのです。

1944年のナチス撤退の時になぜ橋は破壊を逃れたのか?
1966年のフィレンツェ大洪水の時のドキュメントなど、戦争と洪水に関連した資料が掲載されているそうです。

伝説では「ヒットラーに美しい景観を見てもらおうと、ヴェッキオ橋の上を通るヴァザーリの回廊の中央部を改築して大きな窓が付けられた。そのためナチス撤退時にヴェッキオ橋は破壊を免れた」とされています。
ちなみにそれ以外の橋はナチスによって落とされてしまい、のちに再築されました。

ところがフィレンツェ人は「ナチスがそんなに思慮深いものか」と疑ってきたわけで、この本はその疑惑に答えを示しています。

当時、ブラガッソというあだ名で呼ばれていた身体障害者が、その正直さを見込まれて橋の上の宝石店の開店閉店の業務を任されていました。
94歳のルチーア・バロッキさんの記憶には今も鮮明に彼の姿が焼き付けられています。なぜなら彼がヴェッキオ橋の救世主だったからです。バロッキさんの家系はヴェッキオ橋の最も古い歴史を持った宝石店を代々経営してきました。

数年前に店でブラガッソの手伝いをしていたエンリケッタがバロッキさんを訪れ秘密を明かしたそうです。
1944年8月3日の夜から4日にかけて、ヴェッキオ橋を破壊しなかったのはヒットラーの意見によるものではありませんでした。
既に連合軍とナチスとの衝突が間近に迫り、住民の大部分は避難をしていました。ブラガッソは身体障害者であったため、街の中をうろついていても無害だとナチスは考えていたようです。
ブラガッソはエンリケッタの夫のルチャーノと共にヴェッキオ橋の近くボルゴサンヤコポに赴き「ルチャーノよ、僕たちは可哀想なフィレンツェのために何かできないだろうか?」と言って、命を危険にさらしながら設置してあった地雷のコードを取り外したのです。

この話を聞いたルチーアは「Di pietra e d’oro」の著者の一人であるドーラにこのことを手紙で知らせ、ドーラさんが本に著すことを決めたのです。

手紙には「真実は発見される。いつも」と書かれていたそうです。

参照 la Repubblica
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。